2024年までに「プラスチックごみ国際協定」を制定するためには、循環型経済への移行における化学物質の役割を精査する必要がある

主要な論点:

  • 協定交渉では、製造を含むプラスチックのライフサイクル全体を対象とすべきかが大きな争点となっている
  • プラスチック製品には約1万種類の化学物質が使われており、海洋環境における化学物質汚染はプラスチックごみ汚染の副産物として同時に深刻化しつつある
  • プラスチック製品のリサイクル推進に向け、製造企業は使用する化学物質の種類・量を削減・簡素化する必要に迫られている

2022年3月、国連環境総会はプラスチック汚染の克服に向けた国際協定について議論をするため、政府間交渉委員会(INC)を立ち上げる決議を採択した。この歴史的快挙は、交渉関係者が立ち上がり拍手をする光景と共に大々的に報道され、世界各国の環境活動家もこぞって称賛の声を上げている。今後の進展に大きな希望を抱かせる、画期的な一歩といって良いだろう。過去数十年、海洋環境汚染の深刻化を目の当たりにしてきた国際社会は、プラスチック汚染危機への対応に向けて団結を図る大きなチャンスを手にしているのだ。

だが合意成立のニュースから6ヵ月がたった今、世界は楽観ムードから一転して切迫感に包まれている。国連環境計画(UNEP)は、2024年末までの協定批准という野心的な目標を掲げているが、その実現のためには極めて迅速に交渉を進める必要があるからだ。一部の分野では、妥協を余儀なくされる可能性も高く、関係者は“適正な枠組み作りか、協定の実現か”というジレンマに直面することになるだろう。

本格的な議論が開始される中、交渉担当者・科学者・環境活動家の間では、すでに意見の相違が浮き彫りになっている。11月にパラグアイで予定される政府間交渉会合では、協定の対象となるプラスチック・バリューチェーンの範囲が大きな争点となる見込みだ。

定義をめぐる問題

協定案では、「プラスチックのライフサイクル全体を対象に、様々なアプローチ、持続可能な選択肢、テクノロジーを活用する」ことが謳われている。しかし“ライフサイクル”という言葉の明確な定義は確立されておらず、対象範囲の解釈をめぐる対立が既に表面化しつつある。

例えばサウジアラビアは、対象範囲をプラスチック廃棄物の管理・処理に限定することを提案し、「プラスチックの使用・製造制限は除外すべきだ」と主張。その一方でペルー・ルワンダは、製造から廃棄物管理までのライフサイクル全体を対象とすべきだと訴えている。

交渉担当者がより広義のライフサイクルを視野に入れるならば、サプライチェーン全体を通じた廃棄物管理も検討する必要があるだろう。官僚的で面白みに欠けるが、ライフサイクルの定義をめぐる議論は、条約の実効性と影響力を大きく左右する要因と言える。またこの問題は、バージンプラスチック*を製造する石油化学メーカーにも重大な影響を及ぼすだろう。
*バージンプラスチック:新品の原料のみを使って製造されたプラスチック

目に見えない脅威

化学物質の問題は、プラスチック汚染を考える上で欠かせない要因の一つだ。Minderoo Foundation[ミンダルー基金]の国際プラスチック条約担当プリンシパル Lizzie Fuller氏によると、化学物質は化石原料の掘削・収集から、プラスチック素材への重合[ポリメリゼーション]まで、様々な形で使用・添加・混合されており、その影響は製品設計・製造・消費・廃棄物処理・リサイクル・改善など、プラスチック・バリューチェーンの全体に及んでいる。特にモノマーやポリマーは、現代の経済活動に不可欠なプラスチック製品の原料となるだけでなく、生態系に深刻な脅威をもたらす素材だ。

これら二つの素材は現在も大量生産されている。化学セクターが、条約交渉の担当者ほどプラスチックの使用制限に乗り気でないのは、こうした実状を認識しているからだ。国連環境計画の予測によると、世界全体の化学物質生産量は2030年までに倍増する可能性が高い。そして、プラスチックに使用される化学物質の種類・量や海洋環境に及ぼす影響は、現在もほとんど謎のままだ。

「市場にはプラスチック製品が氾濫しているが、そこに含まれる化学物質の種類や毒性、使用量はほとんど解明されていない」と指摘するのは、ETH Zürich の上級科学研究員Zhanyun Wang氏。同氏が共同著者として作成に携わった研究によると、農薬から工業化合物まで、現在市場に流通する合成化学物質は 35万種以上に上る。そしてそのうち約1万種類がプラスチックの製造に使用されているという。つまり、マリアナ海溝から人体まで、プラスチック汚染が見られる場所では、化学汚染も同時進行しているのだ。

化学物質が環境・人体に及ぼす影響に関する科学者の検証作業は、依然として道半ばだ。化合物は相互反応を起こし、生物の体内で変質し、国境・生態系を超えて移動することで、広範な影響を及ぼしている。また海洋環境における化学物質の分解反応は、陸上環境と大きく異なる可能性が指摘されている。しかしデータの不足により、影響の深刻さは十分に把握できていないのが実状だ。

Minderoo Foundationのプラスチック・人体健康部門統括責任者 Sarah Dunlop氏によると、「プラスチックは粘着性を帯び、他の化学物質に付着・反応するなど、可変性の高い物質だ。またマイクロプラスチック・ナノプラスチックへ分解され、人体を含む地球上のあらゆる場所へ拡散している。尿や血液、母乳などを介し、汚染は新生児にも及んでいる」という。

求められる情報公開

こうした深刻なリスクにも関わらず、消費者の多くはプラスチックの製造過程でどのような化学物質が使用・添加されているのかを認識していない。「シャンプーを購入する際、中味については成分表示を確認できるが、プラスチック容器にどのような化学物質が使われているかは判別できない」と指摘するのは、スウェーデン ヨーテボリ大学の教授 Bethanie Carney Almroth氏。複雑なサプライチェーンや知的財産権保護の必要性といった理由から、プラスチック製品に含まれる化学物質の情報公開は進んでいない。そのため、科学者が化学物質による人体・海洋環境への影響を正確に把握することはほぼ不可能な状態だ。

Carney Almroth氏は、プラスチック製品に含まれる化学物質の情報公開が、協定の重要な要因になると考えている。「使用される化学物質やその用途、廃棄物処理の流れなどを明らかにする義務は、科学者でなく企業が負うべきだ」というのが同氏の見解だ。

循環型経済の推進と将来的取り組み

協定の交渉担当者が“ライフサイクル”という言葉をどのように定義するにせよ、循環型経済の推進は極めて重要な課題となる。プラスチックの段階的廃止が可能と考える専門家は決して多くなく、再使用・リサイクルに関する取り決めが汚染克服には欠かせないからだ。

「再使用を推進し、不要な化学物質を設計段階で除外することが効果的ソリューションを実現する上で極めて重要だ」と指摘するのは、気候・持続可能性目標の積極的な推進を企業株主に働きかけ、化学セクターに関する報告書を発表するNGO ShareActionの上級研究員 Aidan Shilson-Thomas氏。「あらゆるプラスチック製品は、再使用を念頭に置いて設計されるべきだ」という。

また循環型経済への移行には、プラスチック製造における化学物質の役割そのものを見直す必要があるだろう。リサイクルが普及していない背景には、プラスチック製品に含まれる化学物質が膨大であること、またそれらの化学物質がそれぞれ、環境や他の化学物質と異なった化学反応を起こし変質すること、などが挙げられる。多くの科学者は、使用する化学物質の種類を減らすことが取り組みの第一歩になると考えている。認可済みの化学物質を世界規模でデータベース化することも重要だろう。

「使用済みの容器から新たな容器を再生するといった真の意味でのリサイクルは、極めて複雑なプロセスを経る必要がある。リサイクルの材料となるプラスチックに有害な化学物質が含まれていれば、人体への接触・吸収や環境流出によって深刻な影響を及ぼす可能性がある」とDunlop氏は指摘する。

Wang氏によると、効果的かつ大規模な循環型経済を構築するためには、リサイクル段階での処理が難しい化学物質の使用を避ける必要がある。

政府が規制を通じて管理体制を構築すれば、化学物質の使用規制や成分情報公開の推進も可能だろう。そしてその実現には、サプライチェーン全体の抜本的改革と大規模投資が不可欠だ。

こうした取り組みに大きな困難が伴うことは言うまでもない。しかし、化学物質のリスク管理に関する最も包括的な規制枠組みであるEU[欧州連合]の化学物質戦略が示すように、対策は決して不可能ではない。また包装材やカトラリーなど、素材(プラスチックを含む)と食品の接触による「安全性上の懸念や食品の有害な変質、味・臭いの変化などを防止」するため、各国の規制当局は食品接触物質に関するルールの見直しを進めている。こうした取り組みは、日常的に使用されるプラスチック製品の安全性を向上し、リサイクルのプロセス簡素化・拡大を図る上で重要な足がかりとなるだろう。

将来的な展望

条約に関する交渉はまだ始まっていない。しかしFuller氏によると「我々は既に大きな一歩を踏み出している」という。「廃棄物管理の領域にとどまらず、より広範なバリューチェーンを対象とすることで関係者の合意を取り付けることができた。次の課題は、野心的な条約成立に向けたモチベーションを維持し、法的拘束力を伴う抜本的な取り決めを実現ことだ。」 

だが成功が保証されたわけではない。温室効果ガスの削減を迫られながらも、プラスチック事業を大きな収益源とする石油・ガス会社は、生産制限を伴う決議に反対する可能性が高い。American Chemistry Council[米国化学工業協会]や欧州のプラスチック業界団体Plastics Europeも、自動車の軽量化や食品の保存性向上といった新素材開発のメリットを声高に訴え、減産に軸足を置いた議論の矛先をかわそうと試みている。

ライフサイクル全体を対象とできるかどうかは、プラスチック汚染に対する協定の実効性を大きく左右する可能性がある。今回取材を行った専門家が挙げる課題は様々だ。しかしナノプラスチックや地球に及ぼす影響まで、プラスチック汚染の根本的原因を包括的に理解することが、効果的対策につながるという点で彼らの見方は一致している。プラスチック・バリューチェーンには、ステークホルダー(製造企業や消費者、政府、廃棄物管理業者など)の複雑な相関関係や経済的利害が存在するため、一定の妥協は不可避だろう。しかし抜本的な決議の実現を指示する関係者は少なくない。例えばBASFの循環型経済統括ディレクター Talke Schaffrannek氏は、「我々は、原料の取引や利ざやの確保といった既存の枠組みを超えた新たなエコシステムを構築する必要がある。バリューチェーンのあらゆる側面で、これまでのあり方を見直すことを求められている」と指摘している。

Fuller氏によると、抜本的かつ大胆な取り決めを実現するため、交渉担当者には優れた調整能力が求められる。プラスチックの生産量削減、市場の簡素化、消費行動の変容、グローバル・サウスへの支援といった様々な課題へ同時に対処するには、困難なトレードオフが不可欠となる。また、蓄積が進む環境・人体への影響に関する知見や科学的エビデンスを随時取り入れ、政策・企業イノベーションに活用するためには柔軟なアプローチも必要だろう。

協定制定の期限はわずか2年後(2024)に迫っており、交渉担当者には大きなプレッシャーがかかる。だが、国際コミュニティに与えられた問題克服のチャンスは一度きりだ。もし協定が実効性に乏しいものとなれば、プラスチック汚染の解消と海洋環境の回復に向けた今後数十年間の取り組みを大きく損なうことになるだろう。

取材対象者

  • Bethanie Carney Almroth 教授スウェーデン ヨーテボリ大学
  • Sarah Dunlop プラスチック・人体健康部門統括責任者 Minderoo Foundation
  • Lizzie Fuller 国際プラスチック条約担当プリンシパル Minderoo Foundation
  • Talke Schaffrannek 循環型経済統括ディレクター BASF
  • Aidan Shilson-Thomas 気候担当リサーチ・マネジャー ShareAction
  • Zhanyun Wang 科学研究員[スイス連邦材料試験研究所]

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