国連が現在策定作業を進めている国際プラスチック協定では、プラスチック・セクターが直面するリスクを視野に入れた、新たなアプローチが求められている。特にリスクとインパクトを両立できる金融ソリューションは成功の鍵を握る要因だ。

主要な論点:

  • プラスチック循環経済への移行推進とインフラ構築には約1.2兆ドル(約155兆円)の投資が必要だ
  • プラスチック汚染は、企業・投資家の双方にとって重大なリスク要因だ。投資コミュニティは、現状維持のリスクと循環経済への移行に伴うリスクのバランスを慎重に見極める必要がある
  • ブレンドファイナンスなどの金融ツールを活用すれば、重点分野への投資拡大とリスク共有を両立できる可能性は高い
  • ESG評価・業績評価などの領域におけるデータ標準化と検証可能性の強化は、取り組み加速と投資の普及・拡大に不可欠だ

国連では現在、プラスチック汚染への対応に向けた国際的枠組み作りの交渉が進められている。深刻化する危機への対応や、産業構造の転換、循環経済への移行推進に向けた投資拡大には、国際協定の実現が不可欠だ。 

適正なインセンティブ提供や変革に向けた規制環境の整備、投資促進の鍵を握る各国政府は、取り組み推進に積極的だ。また開発銀行・慈善団体・インパクト投資家の多くは、プラスチック・廃棄物管理を(課題ではなく)投資機会として捉えるようになっている。

しかし、プラスチック循環経済への移行に必要な約1.2兆ドル(約155兆円)もの投資を、機関投資家・資産運用機関から呼び込むのは決して容易でない。汎用プラスチックの二次市場構築に向け民間投資を加速させるためには、どのような方策が必要なのか。足かせとなる要因とは。そして課題克服に向け、国際プラスチック協定に求められる条件とは。

プラスチック汚染がもたらす深刻なリスク

代替素材の開発・製造から、再生原料の収集・分別・リサイクル体制拡充まで、循環経済をバリューチェーン全体で実現するためには、技術力強化と投資拡大が不可欠だ。そしてこれらの取り組みは、投資コミュニティにとって大きな機会となるだろう。

近年多くの国々では、ESG情報開示の規制強化とプラスチック管理体制の透明性向上が進んでおり、プラスチック・セクターのリスク評価や長期的機会の特定が容易になりつつある。

循環経済の実現に取り組む投資家・企業にとって、プラスチック汚染は今や重大なリスクだ。消費者・規制当局が現状維持に甘んじる企業へ向ける目は厳しくなっており、評判・規制リスクの悪化も避けられない。新たな経済モデルへの移行が進むにつれ、競争・規制環境の変化に適応する先進企業とこうした企業の格差はさらに広がるだろう。

プラスチック(添加剤・マイクロプラスチックなどを含む)が人体・環境にもたらす影響については、科学的解明が急速に進んでいる。危機意識の高まりと科学的エビデンスの蓄積によって製造企業への風当たりが強まれば、訴訟リスクもさらに悪化する可能性が高い。

例えばKeurig Canadaは2022年1月、使い切りタイプのコーヒーポッドがリサイクル可能であるかのような虚偽(または紛らわしい)表記をしたとして、カナダ規制当局から罰金を課された。一方2023年1月には、フランスのDanoneが生産ラインにおいてプラスチック・フットプリント削減の義務を十分果たしていないとして、環境団体グループに提訴されている。2022〜2030年を通じたプラスチック汚染関連の訴訟費用は、米国だけで200億ドル(約26兆円)を上回る見込みだ。企業に汚染対策の徹底を求める声は、今後さらに高まるだろう。

また各国政府がプラスチック製品に対する禁止措置・課税、そして製造・使用・廃棄ガイドラインの強化を進める中、革新的テクノロジーと代替・再生素材の需要は高まりつつある。サプライチェーンのダイナミズムに生じる変化や、バージンプラスチックの需要低下に伴い、レガシー資産・既存の製造体制が企業・投資家にもたらす移行リスクも悪化する可能性が高い。

産みの苦しみ

ただし二次市場自体にもリスクがつきもので、移行に伴う“産みの苦しみ”と無縁ではない。特に大規模投資が求められる新興市場には、高リスクかつ不安定というイメージが依然としてつきまとっている。

再生プラスチック(包装材など)の利用拡大に乗り出した企業も、取り組み推進に不可欠な高品質の原料不足に悩まされている。Tomraの公共システム・デザイン統括ヴァイスプレジデント Jacob Rognhaug氏は、「供給体制の信頼性が向上し、質の高い再生プラスチックが大量かつ安定的に流通しなければ、循環経済モデルへの投資拡大は難しい」と指摘する。「焼却場・埋め立て地へ送る前に廃プラスチックの分別が行われれば、原料供給体制の強化につながるはずだ。」

再生プラスチックの供給不足は、再生原料の割合低下や、バージンプラスチック混入製品の氾濫など、バリューチェーン川下での問題にもつながりかねない。また虚偽あるいは紛らわしい成分表示や“グリーンウォッシング”が横行すれば、消費者・投資家の信頼低下を招き、循環経済への移行を妨げることになるだろう。

地域コミュニティの形態・ネットワーク・物流・雇用・起業活動などの要因に大きく左右されるなど、各国における廃棄物管理体制のあり方も潜在的課題だ。例えば多くの新興国では、廃棄物の収集で生計を立てるインフォーマル・セクターがリサイクル体制において重要な役割を担っている。しかし一口にインフォーマル・セクターといってもその形は様々で、貧困・健康・スティグマ・ジェンダーなど根深い社会的問題と背中合わせだ。こうした複雑さや、透明性・データの不足といった課題もあり、同分野への出資をためらう投資家は少なくない。

都市部・地方部で見られる環境の違いも課題だ。Systemiqのパートナー 兼 プラスチック統括責任者 Yonathan Shiran氏によると、「我々が開発したソリューションの多くは都市部の環境を念頭に置いて設計されたものだ」という。「人口密度の低い地方部で廃棄物収集・分別インフラを整備した場合、処理能力1トンあたりの建設コストははるかに高くつくが、運営予算の規模は小さい。地方部は(都市部よりも)汚染物質の流出リスクが大きいだけに、悩ましい問題だ。」

金融ツールの重要性:市場拡大の推進に向けて

市場には現在、二つの注目すべき流れが生じている。それは“現状維持”のリスク増加と、循環経済モデルへの移行リスクの相対的低下だ。しかし取り組みは依然として不測の変化も多い移行期にあり、重大な変曲点には到達していない。こうした局面では、創造的な金融ツールの活用が大きな力を発揮するだろう。

特にブレンドファイナンスは、プラスチック産業が循環経済へのシフトを進める上で重要な役割を果たす。再生可能エネルギー発電所や浄水・下水処理施設など、インパクトの大きなインフラ・プロジェクトへの投資を加速させる上で効果的なツールとなるはずだ。低中位所得国におけるプロジェクトでは、現在までにブレンドファイナンスを通じて推計1710億ドル(約22兆円)が投資されている。循環経済の推進を目的としながら、商業面のポテンシャルが立証されていない分野のプロジェクトには特に有用だ。

「金融機関は二次市場を依然としてリスクの高い領域と見なしている。この分野で投資を加速させるためにはブレンドファイナンスの活用が極めて重要だ」と指摘するのは、Circulate Capital 最高インパクト責任者のEllen Martin氏。「二次市場構築に向けた投資拡大とリスク共有を図る上で極めて有用なツールだ」という。

また負債性金融商品・資本性金融商品を活用した循環経済モデルの構築とプラスチック廃棄物削減の取り組みも急速に増加しつつある。Chatham House[英国王立国際問題研究所]は、2021年に発表した報告書『Financing an inclusive circular economy』[包摂的な循環経済の実現に向けた資金調達]の中でこれらの金融ツールに言及し、活用の広まりに伴う二次市場の信頼感醸成に期待感を表明している。

こうした流れは、金融業界で投資の機運が高まっていることを示すものだ。「この分野では、政策支援と規制措置の強化により、市場の確実性が高まりつつある」と指摘するのは、Lombard Odier Investment Managersのサステナビリティ担当シニア・アナリスト Khangzhen Leow氏。「プラスチック汚染に対する危機意識は消費者にも広まっており、リサイクル性を重視した製品への追加出費を厭わなくなっている。循環経済への移行プロジェクトから投資家が利益を見込める環境が整いつつある」という。同社は国際的アライアンス Alliance to End Plastic Wasteとの連携を通じ、プラスチック循環経済に関する研究支援を目的とした『circular plastic fund』[サーキュラープラスチック基金]を設立している。

循環経済への移行が加速する中、Blackrockをはじめとする機関投資家は、包装材・化学製品・日用消費財の分野で取り組みに積極的な企業へ優先投資を行っている。2021年6月末時点では、循環経済へのシフトに特化した十三の上場投資信託があり、運用資産残高は合計80億ドル(約1兆円)に達している。こうした流れは、変革が確実に進み、先行者利益が期待できる環境が整いつつあることを示すものだ。

投資拡大は移行を加速させる上で不可欠だが、それ以上に重要となるのが優先度の高い領域へ資金を振り向けることだ。ADM Capital Froundationのアドバイザー Helga Vanthournout氏は、「資金の大部分は目に見えるインフラなどへの設備投資に集中しており、仕組み作りそのものに対する投資は極めて少ない」と指摘する。「リサイクルをシステムとして効果的に機能させるためには、収集インフラや物流ネットワークへの投資も不可欠だが、縦割り構造で体制不備が目立つこうした分野は投資家に敬遠されがちだ」という。

変革の機運を感じる専門家の多くが、投資加速に向けたもう一つのツールとして期待するのはプラスチック排出権取引市場だ。企業が自社のフットプリントに応じた排出枠を購入する仕組みが普及すれば、廃プラスチック回収に必要な短期資金だけでなく、循環経済推進に伴う設備投資・運用費用の資金確保につながる可能性が高い。

「排出権取引の活用拡大は、廃棄物管理セクターのインフラ拡充・環境整備を後押しするだろう」と予測するのは、Plastic Credit Exchange[PCX]の最高責任者 Sebastian DiGrande氏。「こうした取り組みが質の高い再生プラスチックの流通拡大につながることを理解すれば、積極的に投資を行う企業はさらに増えるはずだ。」

ESG投資とプラスチック循環経済

今回取材を行った専門家は、現在策定作業が進められている国際プラスチック協定で、ESG開示要件の明確化・標準化を重視すべきだと指摘する。適正なリスク評価・緩和と大規模投資・ベストプラクティスの推進、再生プラスチックの世界的な取引拡大には欠かせないからだ。

プラスチック・セクターでESG開示情報の標準化が進めば、これまで同セクターを敬遠してきた投資家も関心を示す可能性がある。ESG資産は2025年までに50兆ドル(約6480兆円)に達する見込みだが、意思決定の際にESG要因を考慮する民間投資家は2022年を通じて5%減少した。開示要件を明確化・厳格化すれば、投資拡大と企業による透明性向上・サステナビリティの取り組み加速につながるだろう。

ただし正確かつ有用なESGデータ・情報の開示を上場企業に徹底することは容易でない。そして非上場企業については、さらに大きな困難が伴うはずだ。Aviva Investors シニア・インパクト・アナリスト 兼 アースピラー[earth pillar]統括責任者のEugenie Mathieu氏は、同社が「投資先の企業には要求をはっきりと伝えている」と語る。「例えばある自動車メーカーには、電気自動車用バッテリーのリサイクル性強化と再生原料の利用拡大を求めた。しかし、都合の良い情報だけを公開する企業は依然として多く、透明性向上の取り組みは遅々として進んでいない」という。

ESGパフォーマンスの強化は、将来的な規制対応力や環境意識の高い消費者への遡及力向上、イノベーション推進に向けたESG投資の誘致など、企業にも様々なメリットをもたらす可能性が高い。しかしMathieu氏によると、「投資家が各企業の取り組みをより明確に比較するためには、開示要件の標準化が不可欠だ」という。

ESG投資がプラスチック汚染や市場の失敗といった問題を全て解消できるわけではない。しかしESG要件の徹底を図れば、投資プロセスの厳格化や投資可能かつ透明性の高いプロジェクトの実現につながる可能性は高いだろう。

国際プラスチック協定に求められるアプローチ

国際プラスチック協定は、新たなプラスチック経済の枠組み構築だけでなく、投資活動のあり方を見直す貴重な機会となるはずだ。交渉担当者には、既存のアプローチを改めて検証し、リスク共有と明確な投資リターン・影響の評価を可能にする革新的金融ツールの開発を後押しすることが求められる。

Circulate CapitalのMartin氏は、「ソリューションは既に開発されており、資金調達環境も整いつつある。また国レベルでは、数多くの取り組みが成功を収めている。こうした状況の下で国際プラスチック協定に求められるのは、セクター全体の透明性向上、そして国の枠組みを越えた取り組み推進に資するグローバル・スタンダードの確立だ」と指摘する。

資金調達体制の整備が進み、投資家が先行者利益を享受できる環境も整いつつある。市場ダイナミズムの変化に伴い、循環経済への移行も確実に進んでいる。しかし、プラスチック汚染の深刻化を食い止めるためには、この流れをさらに加速させる取り組みが不可欠だろう。

取材対象者(敬称略):

  • PCX Markets 最高責任者 Sebastian DiGrande
  • Lombard Odier Investment Managers サステナビリティ担当シニア・アナリスト Khangzhen Leow
  • Circulate Capital 最高インパクト責任者 Ellen Martin
  • Aviva Investors シニア・インパクト・アナリスト 兼 アースピラー統括責任者 Eugenie Mathieu
  • Tomra 公共システム・デザイン統括ヴァイスプレジデント Jacob Rognhaug
  • Systemiq パートナー 兼 プラスチック統括責任者 Yonathan Shiran
  • ADM Capital Froundation アドバイザー Helga Vanthournout

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