人工化学物質と無縁な生活が可能かどうかを考えたことはあるだろうか?その実現は想像よりも難しいかもしれない。International Council of Chemical Associations[国際化学工業協会協議会]の調べによると、世界に流通する製品の95%は原材料として、あるいはその製造過程で化学物質を使用している。化学物質を含まない製品1つにつき、化学物質を含む製品が99個作られている計算だ。

業革命以降、化学産業は人類の繁栄と生産性の向上に極めて大きな役割を果たしてきた。しかし同セクターは、今や環境汚染の大きな原因となっている。そして多くの企業は、有害物質や化学物質管理の不備が環境にもたらす潜在的影響を深刻に捉えていない。

化学セクターはCO2排出量が3番目に多い産業であり、世界全体で発生する産業排出物の18%を占めている。エコノミスト・インパクトと日本財団による海洋環境保全イニシアティブ『Back to Blue』の調査が明らかにしたように、海洋環境における化学汚染[海洋化学汚染]の問題は、生態系・人類に破壊的な影響を及ぼしかねない喫緊の課題だ。しかし問題の深刻さは、依然として十分認知されていない。

政府・企業は、まず化学廃棄物の海への流出を食い止める必要がある。排水処理施設や雨水排水システム、工業廃棄物処理プロセスの改良や、農業排水の海洋流出防止に必要な技術は既に開発済みだ。しかし導入・普及に伴う莫大なコストは、大きな壁となっている。

また廃棄物処理体制の強化も欠かせない。日焼け止めや難燃剤、医薬品などに含まれる有害化学物質も、海洋汚染の大きな要因となっているからだ。有害物質の流出を防止・削減するためには、製品レベルで製造・流通・処理の設計を見直す必要がある。化学セクターが海洋化学汚染の解消に極めて重要な役割を担うことは、こうした現状からも明らかだろう。

前向きな流れは既に見られる。例えば一部の化学メーカーは、有害物質・汚染物質の削減に向け、製品ポートフォリオの見直しを始めている。世界で最も規制環境が厳格なヨーロッパの企業は、取り組みを牽引する存在だ。タイのIndorama Venturesも、環境意識の高い投資家の関心を高めるため、持続可能性の高いビジネス手法を積極的に取り入れている。

グリーンケミストリー・セクターの拡大もプラス材料だ。スタートアップと既存化学メーカーは、非毒性溶媒や安全なバイオ燃料、生分解性プラスチックの開発にこぞって取り組んでおり、今後多くの分野で環境負荷の低い代替製品が普及する可能性は高い。こうした取り組みは、循環型経済の推進にも重要な役割を果たすだろう。また、有害化学物質の使用停止をサプライヤーに働きかけるなど、Apple・Nike・Ikeaをはじめとする大手企業も化学セクターの変革推進を後押ししている。

しかし依然として課題が山積しているのも事実だ。多くの国で見られる法規制・実行体制の不備は、化学メーカーによる違法行為・罰金逃れの横行につながっている。識別表示の普及が進まず、サプライチェーンが複雑化する中で、消費者が製品に含まれる有害化学物質の存在を認識するのは容易でない。強大な組織力と潤沢な資金を持つ化学メーカーが、ロビー活動を通じて規制強化を阻むケースも後を絶たないのが現状だ。

問題克服に向けた変革を推進する企業にも、高いハードルが待ち受けている。エタノール・アンモニアなど、収益性の高い化石燃料由来の汎用化学製品を手がける化学メーカーは、競争が激しく利益率の低い市場で事業を展開しなければならない。こうした厳しい環境で生き残りを図るためには、事業規模の確保が不可欠だ。

つまり製品やその製造プロセスを変えるためには、数十億ドル規模の莫大な投資と数十年単位の時間が必要となる。また代替製品の普及には、グローバル・サプライチェーンの抜本的見直しも求められる。だが株主の後押しを受け、化学メーカーがこうした取り組みを独力で進めることを期待するのは非現実だ。

海洋化学汚染の解消にシステム全体として取り組み必要があるのはそのためだ。政府・化学メーカー・小売企業・投資家・科学者といったステークホルダーは密接な連携を図り、化学セクターを汚染源から革新的な汚染対策の牽引役へと変革する必要がある。グリーンケミストリー(あるいはブルーケミストリー)革命の推進は、その実現を可能にする唯一の方法だろう。

 

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