エグゼクティブ・サマリー

1950年前後に大量生産が開始されて以来、人類は膨大な量のプラスチックを生み出してきた。2015年までの累積生産量は83億トン、そのうち現在も使用されているプラスチックは20⁠億トンと考えられている。すなわち残りは “ゴミ” として、その約80%は埋め立て地への廃棄、あるいは海への流出によって環境汚染の原因となっており、分解には数百年という年月が必要だ(ただし完全な分解は不可能)。

環境汚染には様々な種類があるが、プラスチック汚染はその中でも特に注目度の高い問題と言えるかもしれない。例えば Economist Impact (エコノミスト・インパクト)の調査では、海洋環境の保全について問われた際、プラスチック汚染を最優先課題として挙げる回答者が60%に上り、化学物質汚染や気候変動を上回っている。

環境汚染には様々な種類があるが、プラスチック汚染はそ⁠の中でも特に注目度の高い問題と言えるかもしれない。

しかしプラスチック汚染の問題が近い将来に解消される見込みは低い。プラスチックの生産・消費量は年々増加の一途を辿っており、2020年には3億6700万トンが生産された(その多くは包装材・建材として利用)。ある推計によると、プラスチック生産量は2040年までに倍増し、それに伴う外部費用*は1トンあたり1000米ドル(約11万円)。社会的費用**も年間7000億ドル(約76.7兆円)に達する見込みだ。

* 外部費用=発生者以外の第三者が負担する費用
** 社会的費用=私的経済活動の結果,第三者や社会が直接間接に受ける費用・損害

ある研究者グループは、大量生産の開始から約1世紀となる2050年までにプラスチックの総生産量が250億トンを超えると予測している。つまり今後35年で、過去65年の2倍にあたる量が生産されることになるのだ。生産・廃棄物管理のあり方を変えなければ、2050年までに120億トンものプラスチックが埋め立てられる、あるいは環境へ流出することになるだろう。

プラスチック問題を取り巻く現状は、持続可能とは言い難い。プラスチックの不適切な廃棄(その多くは海洋環境に流出する)が、環境破壊をもたらす反社会的な行為であるという考え方は着実に広まりつつある。しかし問題克服の方法については、依然として不明な点が多い。

Plastics Management Index

人類が直面するこの深刻な問題を克服するためには、設計・生産・消費・廃棄からその後の過程に至るまで、ライフサイクル全体を視野に入れた新たな枠組みが不可欠だ。今回エコノミスト・インパクトが新たに作成した『Plastics Management Index』(プラスチック管理指数= PMI)とその分析結果をまとめた本報告書では、プラスチック汚染に対する世界的な懸念の高まりに焦点を当て、持続可能な管理に向けた方策を検証する。科学的根拠に基づく海洋環境管理を目指す『国連海洋科学の10年』が始まる2021年は、本報告書を発表するのにふさわしい年と言えるだろう。

エコノミスト・インパクトと日本財団による海洋環境保全イニシアティブ『Back to Blue』の一環として、エコノミスト・インパクトが作成した本報告書は、プラスチック管理において異なった発展段階にある25カ国を対象とし、ライフサイクル全体を視野に入れた評価・比較検証を行う試みだ。

本報告書の大きな目的は、対象国のプラスチック管理体制や廃プラスチックの環境流出対策などを評価し、資源としての最適な生産・利用法を普及させることだ。主に政策・規制・企業の取り組みや消費者の行動・価値観といった観点から問題を取り上げている。

プラスチックの不適切な廃棄(その多くは海洋環境に流出する)が、環境破壊をもたらす反社会的な行為であるという考え方は着実に広まりつつある。

PMI ではプラスチック汚染の問題を三つのカテゴリーに分類し、対象25カ国の現状を検証する:

  • ガバナンスー効果的なプラスチック管理に向けた各国の法規制・インセンティブを評価(重み:36.36%)
  • 管理•運営能力―廃プラスチックを対象とした各国の監視・収集・分別・リサイクル能力と、その強化に向けた投資を評価(重み:36.36%)
  • ステークホルダーの関与―各国政府による国内外でのプラスチック汚染対策、民間企業・消費者による取り組みを評価(重み:27.26%)

各カテゴリーは、それぞれ2〜6指標を含む四つのサブカテゴリーで構成されている。調査データは独立した専門家のアドバイスを受けながらエコノミスト・インパクトのアナリストが分析し、重要性に応じた重み付けを行った上でスコアを算出。また PMI には25カ国の消費者1800名と企業役員約770名を対象としたアンケート調査の結果も反映されている[方法論の詳細についてはP.70の付録セクションを参照]。

今回の調査で明らかとなった主要な論点は以下の通⁠り:

  • 総合ランキングでトップとなったのはドイツ:100ポイント中87という高スコアを獲得した同国は、『ガバナンス』・『ステークホルダーの関与』の2カテゴリーで1位、『管理能力』のカテゴリーでも3位にランクされている。ドイツが総合1位となった大きな要因は、効果的なリサイクル・プログラムの存在だ。同国は政府・産業界の連携を通じたプラスチック循環の仕組みを構築し、国際的にもリーダーシップを発揮。ステークホルダーの関与という面でも、多様性を重視するアプローチを取り入れ、政府の取り組みに反映させている。
  • ヨーロッパはプラスチック汚染への取り組みをリード:一方、世界消費量の半分を生産するアジアでは遅れが目立つ。総合ランキングの上位にはヨーロッパの国が多く見られる。その背景として考えられるのは、対象国のほとんどが高所得国であること、欧州連合(EU)が積極的に取り組みを進めていること、そしてイノベーション・研究開発投資が加速していることだ。アジア諸国の多くはランキングの中位を占め、その後にラテンアメリカ・アフリカ諸国が続いている。
  • 世界最大のプラスチック生産国である中国では、管理体制の強化が進む一方、ステークホルダーの関与は遅れている:同国は総合ランキングで10位となった。その最大の要因は、国内におけるリサイクル・収集体制の強化を反映し、『管理・運営能力』のカテゴリーで8位にランクされたことだ。廃プラスチックの削減・民間セクターによるリサイクルの取り組みも評価される一方、『ステークホルダーの関与』では16位と順位が低迷。また消費者の意識・行動に関するサブカテゴリーでは最下位、不適正処理に対する中央政府の対策でも13位となっている。
  • 低中位所得国の多くは全カテゴリーでスコアが低迷:ベトナム・ガーナは例外的に優れたパフォーマンスを示している。今回調査対象となった低中位所得国は、三つのカテゴリー全てで課題を抱えている。しかし比較的高い評価を得たベトナム(総合ランキング11 位)・ガーナ(15位)の存在は、こうした課題が克服可能であることを示すものだ。管理・運営能力の面で低中位所得国が直面する最大の課題は、管理プロセス全体のチェック機能(特に説明責任の強化)とリサイクル・インフラの改善だ。しかし限られたリソース・体制の中で成果を上げられる分野もある。例えばケニアは、民間セクターによる責任あるプラスチック利用の取り組みを評価するサブカテゴリー3.3で、ドイツを上回るスコアを獲得した。
  • ステークホルダーの関与レベルは調査対象国のスコアを大きく左右している:例えば総合ランキング13位のマレーシアは、『ステークホルダーの関与』カテゴリーでドイツに次ぐ2位、四つあるサブカテゴリーの一つ『責任ある消費者行動とプラスチック管理に対する意識』でも1位となっている。その重要な背景となっているのは、廃プラスチックの違法処理施設を巡る2018年のメディア報道だ。この報道を受けて国民の間でプラスチック管理に対する意識が高まったことが、政府の大々的な対策につながった。一方マレーシアと対照的な結果となったのは『ステークホルダーの関与』で15位となったフィンランドだ。同国では民間セクターの消極姿勢が目立つほか、包括的データベースや学校教育プログラムが存在しないなど、政府の取り組みにも課題が多い。
  • 国内の取り組みを推進させることは、国際協定への関与以上に重要だ:プラスチック管理の強化には、国内における効果的政策・プログラムの実施が不可欠だが、多くの国はこの点で課題を抱えている。調査対象国のうち14カ国は、国際協定への参加状況を評価する指標で最高スコアを獲得した。しかし、政府による国内の取り組み(例:教育プログラムの整備)で最高スコアを獲得した国はわずか2カ国(ドイツ・日本)だ。

効果的なプラスチック管理体制の構築

  • ガバナンスとプラスチック管理体制の質には明確な相関性がある:今回の調査では、プラスチック関連法規制の整備された国が優れたスコアを獲得した。『ガバナンス』カテゴリーにおける高スコアには、法規制の整備、監視、責任あるプラスチック利用・消費に向けた積極姿勢や取り組みの遂行能力が反映されているのだ。例えばインドでは、都市・地方部における法規制の実施・監視能力の不足がスコアの低迷につながっている。
  • 管理能力の向上に必要な取り組みは、チェック体制の強化にとどまらない:『管理・運営能力』カテゴリーで高スコアを獲得した国々は、厳格な監視体制と効率的な収集・分別プロセス、リサイクル・インフラ、処理能力強化に向けた投資を効果的に組み合わせている。例えばメキシコは、廃棄物管理プロセスの監視体制で7位にランクされたものの、収集・分別プロセス(22位)と体制の持続可能性向上に向けた投資(25位)のサブカテゴリーでスコアが低迷した。一方マレーシアは、管理権限が地方自治体と複数省庁に分散されている点が課題となっている。プラスチック汚染は国家の枠組みを超えた問題だ。優れた取り組みを実践する国々には、知識・経験共有や経済支援などを通じて他国の取り組みを支援する姿勢が求められる。
  • ステークホルダーの関与を拡大させるためには、政府•企業•メディア•消費者などの積極参加を促す包摂的アプローチが不可欠だ:多くの国では、プラスチックの生産者・ユーザーとして民間セクターが負う責任が軽視されがちだ。こうした現状の改善に向けて政府に求められるのは、 EU のような “アメとムチ” を駆使した取り組みだ。消費者にも責任があることは言うまでもない。しかしその視点を反映する機会は、購入段階前後にほぼ限られており、消費の前段階(設計・包装・マーケティング)や廃棄・リサイクルの方法についてはほとんど影響力を持たないのが実状だ。政府・企業に責任ある取り組みを促す上でメディアが大きな役割を果たしたマレーシアの例は、その意味で示唆に富む。一方、総合ランキングで25カ国中24・25位に低迷したヨルダン・ナイジェリアは、政府によるプラスチック不法投棄・処理対策を評価する項目で0ポイント(最大4ポイント)に終わった唯一の国々だ。この結果は政府による取り組みの重要性を示している。

プラスチック管理政策•規制

  • プラスチック管理の対象は廃棄物だけではない:今回の調査でドイツが1位となった理由の一つは、プラスチックの循環利用に向けた取り組みだ。廃プラスチックの収集・処理サービスを多くの国民に提供するだけでなく、ライフサイクル全体を視野に入れたアプローチを進めている。ただし、こうした仕組みは様々な取り組みを行うためのベースに過ぎない。プラスチック管理体制の向上に向け、各国政府は自国の環境に最適な政策を打ち出す必要がある。
  • プラスチック汚染監視の包括的枠組み•一元的統括機関が存在しない現状は、世界的取り組みの足かせとなっている:プラスチックの国際的管理体制は、対象範囲が異なる国単位の規制、そして三つの国連組織が統括する約12の国際的協定によって成り立っている。様々な規制・協定が乱立するこの現状は、問題解決に向けた世界的取り組みを、一貫性を欠いた複雑なものにしている。国際レベルでは、ライフサイクル全体を網羅する “パリ協定” 型の合意を実現し、既存の取り組みを強化(あるいはアップデート)する必要がある。現在こうした新たな枠組みを支持する機運が、国(国連加盟国の3分の2以上)や NGO 、世界の主要メーカー・消費財メーカーの間で広まっている。世界的な環境政策・規制を統括する国連環境総会(The United Nations Environment Assembly)は、2022年2月に開催予定の総会でその是非と具体的進め方を議論する予定だ。
  • 知識格差も国際的取り組みの大きな足かせとなっている:パリ協定型の国際的枠組みに対する支持が広がっている背景の一つは、リサイクルに適さない廃プラスチックの国際的取引を制限するバーゼル条約の改正案が2019年に採択されるなど、取り組みに一定の進展が見られることだ。合意を実現させるためは、問題意識の共有が欠かせない。しかし国内・国際レベルの廃プラスチック流出経路が十分解明されていないなど、世界で見られる知識格差は依然として大きい。国内外での流通や環境流出の監視体制を強化し、より効果的な対策を打ち出す必要があるだろう。

プラスチックの循環利用推⁠進に向けて

  • 循環利用を普及させるためには、廃プラスチックの価値を高める努力が必要だ:プラスチックのリサイクルには、バージン原料*から製品を作る以上のコストがかかる。各国政府に求められるのは、この状況を変えるための方策だ。プラスチック・クレジットや拡大生産者責任(Extended Producer Responsibility = EPR)、経済的・非経済的支援(多くの国で重要な存在となっているウェイスト・ピッカー**[waste picker]も対象に含む)などは有効な選択肢だろう。
  • 廃プラスチック処理の方法は現在のところ限られている:焼却・埋め立て地への廃棄から、再利用・リサイクルへの移行は重要だが、それだけで問題が全て解消されるわけではない。プラスチック使用量を削減し、紙などの代替素材を可能な限り利用することも重要となる。近年、機械的・化学的リサイクルに特化した議論から、製造・使用量の削減に向けた包括的アプローチへのシフトが見られるのはそのためだ。
  • 機械的リサイクルには根本的な課題がある:廃プラスチックの洗浄・中間処理によって再生樹脂ペレットを製造し、原料として再利用する機械的リサイクルには様々な制約がある。例えば、埋め立て廃棄よりもコストが高く、十分な処理能力や再生プラスチックの流通市場(二次市場)が存在しない国も多い。また買取り価格の低い廃プラスチックは収集されない、分別コストがかさむといった制約もある。原料としての再生樹脂ペレットが、質・価格の両面でバージン原料に劣っていることも大きな課題だ。
  • 化学的リサイクルはより有効な選択肢だ:化学的リサイクルには循環利用の拡大や、焼却・埋め立て対象となる廃プラスチックの削減といったメリットがあり、技術面でのポテンシャルも高い。ただし、依然として様々な制約も存在する。高温処理に膨大なエネルギーを必要とし、コストがかさむこと。品質の安定性に問題があり、用途が限定されること。人・環境への影響が懸念されること。買い手となる再生プラスチック市場の規模が依然として限られていることなどはその一例だ。しかし化学的リサイクルを前提とした製品設計が普及すれば、品質を損なわずに循環利用を繰り返すことも可能だ。

* バージン原料=天然資源を元に作られる原料
** ウェイスト・ピッカー[waste picker]=(主に新興国の)廃棄物最終処分場などで、有価物を拾って生計を立てている人々

企業•消費者による取り組みの必要性

  • 企業はプラスチック汚染対策の重要性に対する認識を高めつつある:今回の調査結果によると、廃プラスチックと一般廃棄物の分別を従業員に奨励する企業は5分の4に達している。また EPR を支持し、プラスチックを使用・製造する企業が収集・再生費用を一部負担すべきだと考える企業も同様の割合に上った。持続可能なプラスチックの利用が、自社の環境サステナビリティ計画にとって “重要” または “非常に重要” と回答する企業は全体の4分の3。責任あるプラスチックの製造・使用と廃棄物管理が、CSR 推進プログラムに盛り込まれているとした企業も3分の2に達している。
  • しかし具体的取り組みの実践は依然として進んでいない:こうした前向きな調査結果にも関わらず、理念を実践する企業は必ずしも多くない。プラスチックの利用・廃棄削減推進団体に加入していない企業は40%以上、プラスチック包装の削減や代替素材の利用を通じサプライチェーンを最適化していない企業は30%以上、より持続可能性の高い製品設計を実践していない企業は60%に達している。
  • 消費者の多くは、プラスチックの再生•使用削減に向けた基本的取り組みを実践している:今回の調査では、消費者の5分の2が日常的に廃プラスチックの分別を行っており、時々行うとした消費者も同様の割合に上った。また70%は持続可能な包装・製品設計がプラスチック使用量の削減に有効だと考えており、認知度向上に向けたキャンペーン・活動を効果的とする回答者も全体の約3分の2に達した。
  • しかし代替素材の価格•利便性は依然として課題:リサイクルの利点を知らないと答えた消費者は全体の4分の1に上っており、認知度向上に向けた取り組みの重要性が伺える。プラスチック削減の阻害要因として、代替素材の価格を挙げた消費者は43%、利便性を挙げた消費者は36%に達した。残りの回答者はリサイクル可能な素材を理解するのが難しいとしている(この結果からも、認知度向上の重要性は明らかだ)。

Plastics Management Index(PMI)の方法論

Plastics Management Index(プラスチック管理指数= PMI)は、国レベルのプラスチック管理体制の評価、そしてプラスチック資源の最適な生産・活用法の推進を目的として作成された。世界25カ国を対象とし、政策・規制・企業の取り組みや消費者の行動・価値観といった観点から、プラスチックのライフサイクル全体を視野に入れた取り組みを評価・比較検証する。
 
調査のフレームワークは、プラスチックに関する学術研究・報告書の包括的レビューや専門家パネルへの諮問・取材に基づいて設計。ガバナンスの体制、プラスチック管理・体制運営の能力、管理プロセスへの主要ステークホルダーの関与という三つのカテゴリーから構成され、様々な質的・量的指標が用いられている。量的指標の一部は、消費者・企業役員を対象としたアンケート調査(2021 年 1 〜3月に実施)の結果をベースに作成された。
 
PMI では合計12の指標と、44の準指標が使われている。
 
量的指標:44の準指標のうち20は量的データから作成されたもの(例:汚職レベル・ビジネス環境)
 
質的指標:残り24はエコノミスト・インパクト独自の方法論に基づく質的評価から作成されたもの(例:使い捨てプラスチック製品管理の仕組み)
 
指標・準指標は、カテゴリーを含む各要素の重要性に応じて重み付けを行った上で合計し、スコアを算出。対象国はそのスコアに基づいてランク付けされた。方法論の詳細についてはP.72からの付録セクションを参照。


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