プラスチック消費の削減には、包括的かつ踏み込んだ取り組みが不可欠だ。プラスチック汚染の削減を達成するためには、石油化学企業から消費者まで、すべての関係者が危機をコントロールすることが必要であり、断片的なアプローチではうまくいかないだろう。
近い将来、抜本的・包括的政策について国連で合意が形成されなければ、世界のプラスチック汚染は悪化の一途を辿る可能性が高い。そして “ピーク・プラスチック”を実現し、消費量を減少局面へ導くためには、国際プラスチック協定の交渉に携わる政府・石油化学メーカー・消費財メーカー・環境団体がより踏み込んだ対策を打ち出す必要がある。Economist Impactは日本財団の海洋環境保全イニシアティブ『Back to Blue』の下、同協定で検討されている政策の影響をモデル解析し、これら二つの結論を導き出した。
モデル解析に基づく予測には、無数の潜在シナリオが存在する。それゆえ有用な結果を導き出すためには、分析範囲を限定する作業が不可欠だ。今回の調査では、国際協定の交渉に関わる専門家の助言を受け、三つの政策シナリオに対象を絞った。これらはいずれも、世界全体のプラスチック・ライフサイクルを対象としており、プラスチック条約を協議する上でも、最もインパクトが高いと見込まれる政策だ。
複数の政策を並行して進めれば、プラスチック消費量の増加スピードを抑制させることは可能だ。しかしこれだけでは2050年までに消費量がピークを打って減少に転じることはない。世界のプラスチック汚染はそれほど深刻な状況にあるのだ。
国際協定の交渉担当者が新たな政策に関する合意形成に失敗した場合、G20諸国のプラスチック消費量は今世紀半ばまでに2倍以上増加する可能性が高い。
1
プラスチックの大部分(99%)は石油に由来している。プラスチック樹脂の大半は、北米と西ヨーロッパで生産されていおり、中国の生産量は3分の1を占めている。
2
プラスチック加工業者は、バージン材やリサイクル材を加工・組み合わせて、キャリーバッグから車の内装、歯ブラシから排水管ま で、さまざまなプラスチック製品を製造している。
3
小売業者と消費者は、製造された全プラスチックの半分以下 (45%) を包装に使用し、建築と建設は約19%を使用している。
4
プラスチック廃棄物のうち、リサイクルされたものは10%未満で、14%が焼却され、76%が埋立地や環境中に放出されている。大量のプラスチック廃棄物が輸出され、その大半は廃棄物管理能力の低い国々に送られている。
モデル解析の対象となった三つの政策シナリオが、2050年までに“ピーク・プラスチック”を実現することは難しい。これら三つを並行して進めたとしても、2019年時点のベースライン予測値である1.75倍から1.25倍へ伸びを抑制するにとどまり、消費量の深刻な増加には歯止めをかけることができない。
世界規模で使い捨てプラスチック禁止措置が実施されれば、拡大生産者責任[EPR]の義務化やプラスチック課税よりも大きな効果を発揮するだろう。2025年までに使い捨てプラスチック製品の1%がG20諸国で禁止対象となり、その後対象範囲が段階的に拡大すれば、2019年時点の1.48倍まで消費の伸びを抑えることができる
EPRは、包装材メーカーへ使用済みプラスチック収集・処理のコスト負担を求める仕組みだ。しかし同制度の導入による2050年までの消費の伸びは、2019年時点の1.66倍と、ベースライン予測(1.75倍)をわずかに下回るに過ぎない。対象企業の価格転嫁に伴う小売価格の上昇は、必ずしも大きな効果を生み出さないのだ。ただし廃棄物収集体制の改善やリサイクル率の向上など、プラスチックの環境流出抑制につながる可能性は高く、取り組みの一環として重要な役割を担うことは間違いない
環境税を導入すれば、プラスチック主要原料(バージン樹脂)のコスト上昇につながり、社会的負担が適正に反映されない価格構造の歪み是正や、再生原料の利用拡大が期待できる。しかしEconomist Impactのモデル解析によると、2050年時点の消費抑制効果は1.57倍で、2019年時点のベンチマーク値(1.73倍)との差はごくわずかだ。
234百万
トン
2000年
460百万
トン
2019年
765百万
トン
2040年
1230百万
トン
2060年
百万トン
エンパイア・ステート・ビル
百万トン
エンパイア・ステート・ビル
出典:OECD Global Plastics Outlook Database
2000年から2019年の間に、世界のプラスチック廃棄物発生量は1億5600万トンから3億5300万トンに増加し、126%の成長率となった。国連条約が各国政府のプラスチック廃棄物発生対策への献身的な行動に拍車をかけると仮定すると、この増加率は2040年までに74%まで鈍化すると思われる。
出典:OECD Global Plastics Outlook Database
156.2百万トン
欧州連合[EU]を除き、プラスチック・ライフサイクルに対する規制の多くは国・地方単位で行われている。しかしこうした国レベルの対策は断片的で、世界的な成果をもたらすには不十分である。
国・地域・地方レベルの規制の多くは、組織・個人による販売・使用を対象とするが、効果的施策のほとんどは義務化されていないのが現状だ。例えば、既に拡大生産者責任[EPR]制度が施行される国の多くでは、プラスチック包装材の大手ユーザー(特に日用消費財[FMCG]分野のメーカー・ブランド・小売企業)が参加企業の大部分を占め、小規模の国内企業はほとんど見られない。
過去には、リサイクル推進が最も効果的なプラスチック汚染対策と考えられていた時期もある。しかしOECDのデータを見る限り、現行の取り組みは大きな成果を上げておらず、循環経済への移行もほとんど進んでいない。また多くの国では、使い捨てプラスチック禁止措置の効果も限定的だ。こうした政策はあくまでも取り組みの一部であり、汚染緩和には追加的な施策が不可欠だろう。
14百万トン
2050年までに、プラスチック消費量は、いかなる政策介入もなかった場合、ほぼ2倍になると予想される(下表のベースライン系列を参照)。選択したすべての政策介入を行った場合でも、消費の伸びは鈍化すると予想されるが、それでも2019年の消費水準の少なくとも1.25倍にはなるとみられる。
使い捨てプラスチック製品の段階的な使用禁止(SUPP)
小売業者とブランドに課された強制的なEPR制度
バージン樹脂の生産に対するプラスチック税
各シナリオの適用には一定の前提があり、その結果、いくつかの課題が生じる。以下、各シナリオについて詳しく説明する。
禁止措置を実施済みのG20諸国で既に対象となっている製品の割合をベースライン値として使用。未実施の国については、国際プラスチック協定により2025年から禁止措置が義務化されると想定。開始段階で使用済みプラスチックの1%が禁止対象になると仮定して分析を行った(英国・米国を除く)。
G20諸国が禁止措置の対象割合を引き上げるペースが前年比10%ずつ拡大すると想定(例:2025の禁止措置対象が2%であった場合、2026年は10%増の2.2%)。
政策介入の影響を数値化するため、将来的な消費量を基準年である2019年時点の値と比較。上述の通り、政策介入が行われなかった場合の消費量は2050年時点で4億5100万トン(2019年のほぼ2倍)と想定している。禁止措置が0.5〜1%の製品を対象に開始され、段階的に20%程度まで拡大した場合(詳細については『主要な想定項目』を参照)、2050年時点の消費量はベースライン値よりも14%低い3億8500万トンにとどまるだろう。増加ペースは抑制されるものの、消費量は2019年の1.48倍まで拡大する見込みだ。
今世紀中頃までに増加ペースを著しく減速させるには、本シナリオの想定よりもさらに踏み込んだ方策が必要だ。現在対象外となっている有害製品へ重点的に取り組めば、社会的に有用なプラスチック製品(医療器具・食品衛生用品など)の過度な生産制限を伴わずに効果を実現できるだろう。例えば不法投棄・紛失・廃棄などの形で環境へ流出した漁網は、海洋生物が飲み込む、あるいは絡まるなどの形で深刻な被害を及ぼしている。