国際プラスチック協定の交渉関係者は、循環型プラスチック・エコノミーの構築に伴う経済的トレードオフを考慮する必要がある
主要な論点
2022 年3月、国連環境総会はプラスチック汚染の克服に向けた国際協定に関する決議を採択した。専門家・環境活動家は、様々な見解・アプローチの取りまとめ方法や協定が掲げるべき目標について、既に議論を始めている。国際協定が“真の循環型プラスチック・エコノミー”実現を目指すのであれば、プラスチック・セクターの根幹を成すビジネスモデルの見直しは避けられないだろう。
利便性・コスト効果・汎用性を兼ね備えるプラスチック製品は、生活のあらゆる側面で利用され、経済・社会に大きな影響を及ぼしている。しかし埋立て地に集積される、あるいは海洋環境に流出するプラスチックごみが環境・人体にもたらす被害は深刻だ。またその影響は、バージンプラスチックの製造・消費に伴うコストとして、ほとんど考慮されていない。
外部コストを念頭に置いた新たな経済モデルへ移行すれば、プラスチック製品の大幅な価格引き上げは避けられない。しかし対策を怠れば、さらに大きな犠牲を強いられることになるだろう。既存のプラスチック・エコノミーが環境・社会にもたらすマイナスの影響は、市場価格の10倍に上ると言われている。現状を黙認すれば、海洋環境に流出するプラスチックの量も2040年までに約3倍へ増加する可能性が高い。一見すると安価なプラスチック製品には、大きな“隠れたコスト”が伴うのだ。
国際協定を成功に導くためには、実施に必要な財源確保と新たな経済モデルへの移行に向けたインセンティブの創出が不可欠だ。プラスチック製造量の削減、代替製品の市場構築、責任ある消費の推進、そして循環型経済のポテンシャル活用に向け、政策担当者は政策・市場ベースの排出枠取引といった様々なツールを駆使する必要があるだろう。
石油化学セクターから派生し、数十年間を通じて発展してきたプラスチック・セクターは、今や高い効率性を誇る巨大産業となっている。Economist Impactの報告書『海に忍び寄る新たな危機』が指摘するように、化学セクターは厳しい市場競争に晒されており、生き残りを図るためにはバリューチェーンの最適化と事業規模の確保が不可欠だ。そして巨大な事業の継続には、大規模投資も欠かせない。
税制優遇措置や製造コスト削減を目的とした補助金など、化石燃料には価格を人為的に抑制するための財政支援が積極的に行われている。こうした施策には莫大な財源が必要となるだけでなく、環境汚染を助長することにもなりかねない。バージンプラスチックが安価な理由の一つは、補助金によって原料となる石油の価格が抑えられていることにあるからだ。
しかし経済の先行き不透明感が顕著な現在、補助金の撤廃は決して容易でない。パンデミックの収束に伴う景気回復とエネルギー価格の高騰を背景として、2021年を通じた化石燃料への補助金は前年比ほぼ倍増の6970億ドル(約97.8兆円)に達しており、対ロシア禁輸措置を受けてさらに増加する見込みだ。こうした支援策の撤廃には政治的困難を伴う。しかし実施に踏み切ることが出来れば、より持続可能なビジネスモデルと循環型経済への移行支援に財源を回すことができるだろう。
化石燃料エネルギーの需要が縮小する中、プラスチック・セクターは安定的かつ予測可能性の高い市場を求める企業・投資家にとって重要な投資分野だ。現行ビジネスモデル維持の鍵としてプラスチック需要の拡大を期待する石油メジャーは、バージンプラスチックの製造体制強化に今後5年間で4000億ドル(約56.1兆円)をつぎ込む計画を明らかにした。欧米の金融機関も、2015〜19年にかけてプラスチック関連企業へ1.7兆ドル(約234兆円)という大規模投資を行っている。
一方、バージンプラスチックと比べて規模・安定性・収益性で見劣りする再生プラスチック・セクターは、依然として発展途上にある。市場は地域レベルで分断され、多くの新興国では廃棄物収集・リサイクル施設の不備が目立つ。新たなソリューション導入と技術力強化に向けた投資は拡大しつつある。しかし再生プラスチックの価値向上、そして投資先として魅力ある世界的バリューチェーンの構築には、さらなる支援が不可欠だ。
新たな経済モデルへの移行がプラスチック・セクターにとって喫緊の課題であることは確かだ。しかし、経済的・政治的影響力の大きな巨大産業を再編(あるいは抜本的に改革)するのは決して容易でない。化石燃料から再生可能エネルギーへの移行と同様に困難な取り組みであり、複雑かつ大きなリスクを伴うものだ。
プラスチック・セクターの改革を推進するためには、化石燃料と同じく「価値体系そのものの見直しが必要だ」と指摘するのは、スウェーデン ヨーテボリ大学のBethanie Carney Almorth教授。現実的かつ持続可能なソリューションの実現には、まずプラスチック製造・消費に伴う真のコストを見極め、「バージンプラスチックの価格適正化」を視野に入れて議論を進める必要があるという。
プラスチック汚染の解消と再生プラスチック市場の拡大に向け、これまでにいくつかの政策と自発的イニシアティブが導入されてきた(その多くは報告書『海に忍び寄る新たな危機』で取り上げている)。
Systemiqのパートナー 兼 プラスチック部門統括責任者で、報告書の主執筆者であるYonathan Shiran氏は、「再生プラスチックの製造コスト削減と、バージンプラスチックの製造コスト適正化に向けた政策ツールは既にある。適切な政策ミックスを活用すれば、両市場に見られる格差を改善できるはずだ」と指摘する。
例えば拡大生産者責任[ERP]は、プラスチックごみの管理にまつわる外部コストを内部化するための財政・運営ツールで、廃棄物管理の責任を製造企業に負わせ、環境コストを考慮に入れた製品設計を促進する仕組みだ。電池・塗料・医療危険物など廃棄が困難な製品の処理には特に有効だろう。
ただし、ERPが小規模企業に及ぼすマイナスの影響には留意する必要がある。地域コミュニティにおいて雇用・技能教育を担い、学校・家庭・コミュニティセンターへ様々な機器を低価格で提供する製品修理・リサイクルの専門業者はその一例だ。
リサイクルが比較的容易な製品向けのdesign-for-recycling guidelines[リサイクル設計ガイドライン]や、プラスチック製品に一定量の再生原料使用を義務づけるrecycled content targets[リサイクル原料目標]などのガイドラインも、プラスチック汚染の緩和に効果を発揮する。リサイクル推進に向けて大きな足かせとなっている再生原料の質的・量的向上にもつながるだろう。
再生プラスチックの流通を拡大するためには、供給体制の規模・質を確保し、企業が新規インフラ投資を行いやすい環境を整備する必要がある。しかし、原料の質のばらつき・汚染、不安定な供給体制、追跡可能性の欠如といった問題を依然として抱えているのが現状だ。再生プラスチックの価値・入手可能性を向上させるためには、品質基準の統一化を進め、バージンプラスチックのように世界規模で市場を確立する必要があるだろう。
Chatham Houseのシニア・リサーチフェロー Patrick Schroeder氏によると、「包装材メーカーは再生原料の利用拡大に取り組んでいるが、供給不足のために目標達成は難しい状況だ」という。「現行の製造体制は、循環型経済に適しておらず、インセンティブ・インフラ・価格モデルが効果的に機能していない。市場ベースの排出枠取引を活用すれば、課題解消につながる可能性はあるが、その実現には包括的アプローチが不可欠だろう。国際プラスチック協定は、世界規模で指針を打ち出すための重要なステップになる」と同氏は指摘する。
世界銀行のPlastics Policy Simulator[プラスチック政策シミュレーター]をはじめとする既存ツールも課題解消に有効だ。政策担当者は、政策の施行によって生じるコスト・収益・効果を法制化・予算発生の前に検証することが出来る。
「我々は、政策手段を国際プラスチック協定のアウトプットではなく、取り組みに影響を及ぼすインプットと捉えている。実行可能な政策を包括的に検証すれば、各国政府が意思決定を行う上で効果的なツールとなるだろう」と指摘するのは、世界銀行の上級環境エンジニア Delphine Arri氏。
市場ベースの排出枠取引がプラスチック・セクターの汚染対策を後押しするのは確かだ。しかし、一定の規模を確保し継続的に取り組みを進めなければ、効果は地域的かつ限定的なものとなる。循環型経済への移行を進めるためには、国ごとの経済・政治環境の違いを考慮に入れ、政策ツールを通じた“アメとムチ”を注意深く使い分ける必要があるだろう。
レガシー産業の変革には、予期せぬ影響と見えない社会的コストがつきものだ。変化の経済的側面を過度に重視すれば、社会的コストや移行にまつわる課題の軽視につながりかねない。
例えば低所得国は、廃棄物処理・管理の分野で特に大きなあおりを受けている。太平洋の島嶼国がプラスチックごみの不適正管理によって生じる汚染に占める割合は1.3%以下だ。しかし、海洋由来の食資源に大きく依存する同地域の国々では、汚染のもたらす経済的脅威が特に深刻化している。国際プラスチック協定は、先進国へ厳格な基準を適用する一方、新興国では移行に伴う経済的影響の緩和措置を打ち出すなど、バランスのとれたルールを実現する必要がある。
「協定の枠組み作りにおいては、各国の異なる事情に応じたソリューションを打ち出す必要がある。経済大国が大きな影響力を発揮しがちだが、不当に大きな被害を被っている小国の事情にも目を向けるべきだ。こうした国々の課題を解消するためには、大国と異なった配慮や施策が求められる」とArri氏は指摘する。
多くのアジア諸国には、(製品・包装材メーカーから小売企業、流通企業まで)様々な規模の企業がひしめき合っており、(製造・消費から廃棄物管理まで)経済成長の柱として重要な位置を占めている。同地域が2018年時点で世界のプラスチック製造量に占める割合は51%に達している。特にタイ・マレーシアの雇用・経済に果たす役割は重要だ。新たな事業・雇用モデルの構築・実施には、汚染の影響を受けるコミュニティや市民組織といったステークホルダーの関与も不可欠だろう。
プラスチック・メーカーTomraの広報担当ヴァイスプレジデント 兼 アジア統括責任者 Annupa Mattu Ahi氏は、「プラスチックに関する国際協定を実現するためには、移行に向けたロードマップと新興国の経済事情に即した原則が欠かせない。先進国のモデルを無理やり当てはめても成功する見込みは低い」と指摘する。
公共サービスが行き届かない領域で、廃棄物管理とリサイクルの担い手となっているのはインフォーマルセクターだ。推定1500万人の都市人口を抱える新興国では、廃棄物リサイクルで生計を立てる住民が多く見られる。ウェイスト・ピッカーを廃棄物管理体制へ組み入れ、リサイクル能力を強化すれば、各地域のサプライチェーン拡充と労働者の待遇・環境改善にも効果を発揮するはずだ。
国際プラスチック協定の交渉関係者が直面する課題は極めて大きなものだ。既存体制の見直しと新たなプラスチック・エコノミーの構築には、抜本的変化と巨額の投資が必要となる。しかし政策イノベーション・市場ベースの排出枠取引など、変革の推進に向けて活用可能なツールは既に数多く存在する。こうしたツールを包括的に導入すれば、民間投資に伴うリスクの軽減と、投資対象として魅力的な循環型経済の実現に大きな力を発揮するだろう。
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