2023年11月14日、エコノミスト・インパクトと日本財団の共同イニシアティブBack to Blue主催のイベントがロンドンで行われ、英連邦各国の政府代表者、政策担当者、海洋関連の専門家らが海洋酸性化の増大しつつある脅威について議論を行った。イベントではまず海洋酸性化に関する各国の行動計画を詳細に記したBack to Blueの報告書が発表され、その後2つのパネルディスカッションが行われた。最初のディスカッションは、海洋酸性化に対する政府の計画や政策枠組みについて、次に、今や急務となっている地域レベルの行動について議論した。また、コモンウェルス・ブルー・チャーターはニュージーランド主導の下、海洋酸性化アクション・グループを設立し、海洋酸性化に対する脆弱性を明らかにしたうえで、これに対処するための力を結集する活動が紹介された。
海洋酸性化は英連邦諸国にとって切実な問題である。英連邦には島嶼開発途上国25か国が加盟しているため、世界の海の3分の一および地球上の熱帯珊瑚礁の約半分を管轄下に置いているからだ。海が二酸化炭素の年間排出量の最大25%を吸収し、その結果、pH値は史上最高値まで押し上げられ、それが海洋生態系や海産物に頼る沿岸経済と地域社会にとって大きな脅威となっている。プリマス海洋研究所のスティーブ・ウィディコム科学部長は、海洋酸性化の進行過程の背後にある科学を概説したたうえで、「海の自然プロセスの速度より、大気中に二酸化炭素が排出される速度の方が上回っている」と警告した。
確実な科学と効果的な政策を組み合わせた対応が急務である。「大気中の二酸化炭素濃度が上昇して海洋吸収され、それにより海洋酸性化が引き起こされているのは明白だ」と述べたのはプリマス海洋研究所シニアサイエンティストのヘレン・フィンドレー教授。「海洋酸性化を進行させる要因を理解することが政策の議論において基本となる。」
人間への影響も議論の対象となった。「政策面においては、科学を考慮するだけでなく人間への影響も考慮に入れることが極めて重要だ。」とコモンウェルス会議の海洋・自然資源担当ニコラス・ハードマン=マウントフォード博士 は語る。
登壇者らは、海洋酸性化に必要不可欠な対応策を3つ挙げた。第一は、二酸化炭素排出量の削減。これについては多くの国がパリ協定で既に約束している。しかし、海洋酸性化の問題は排出量の削減だけにとどまらない。そこで同程度に重要なのが、第二の二酸化炭素の除去である。これは新しい技術開発を進め、大気中に既に存在していて海に吸収されていない炭素を除去し、環境負荷を下げる対策である。第三は、生態系の保全とレジリエンス強化である。生物多様性と人間社会が海洋酸性化の悪影響に抵抗できるようにしなければならない。
「マオリ族の伝承では〝陸と海が元気なら人間は繁栄する″と言われている。」とフィル・ゴフ駐ニュージーランド英国高等弁務官は言う。「海が元気でなければ、人類の幸福、ひいては生存自体が危機に晒されることになる。」
国際的協力体制が議論の中心となった。登壇者らは、海洋酸性化は国境を越えて拡散する問題であるため地球規模の早急な対応は喫緊の課題であると強く主張している。現在、海は緑の気候基金や持続可能な開発目標(SDGs)の資金提供において著しく過小評価されているため、開発金融の配分もごくわずかである。例えば、緑の気候基金のわずか2%、慈善団体からのSDGs資金の0.56%、開発金融からのSDGs資金の0.01%しか配分されていない。
英連邦気候ファイナンスのアクセス・ハブ(CCFAH)はこの状況を変えようと懸命に努力をしているとパトリシア・スコットランド英連邦事務局長は話した。各国政府が既存の気候ファイナンスを利用できるようCCFAHが支援を行っているという。モーリシャスにある中央ハブは、水、保健、ブルーエコノミーなどのプロジェクトに1億8654万3984米ドル相当の気候ファイナンスを確保できた。更に、ジャマイカ、アンティグア・バーブーダ、トンガを含む国々が数百万ドルの資金調達の機会を得られるよう支援を行ってきた。
海洋酸性化のターゲットが「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に盛り込まれた。登壇者らは、協力関係を支援できる国際的メカニズムについて議論を行った。更に、国連の代表者らは国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に海洋酸性化を含めることで既に合意している。次の段階は、各国がパリ協定の枠内で提出した約束に海洋戦略を明確に組み込むことであり、フィジーとベリーズが既にそれを行っているとハードマン=マウントフォード博士は話した。
気候変動問題の中で海洋酸性化への認知度を向上させれば、この問題に投入される資源の増加につながるだろう。イギリスのように気候変動の影響に比較的脆弱でなくても世界舞台で大きな発言力を持つ国々が、認知度向上には大きな役割を果たす。「イギリスはCOP26の議長国など様々な取り組みを通じて、海洋に焦点を当てて国際的リーダーシップを発揮してきた。」と英政府環境・食糧・農村地域省のトーマス・パイ海洋・気候変動・科学局局長は語った。「イギリス政府はその招集力を活用してステークホルダーを結集させることができたが、これは他国にはできないことである。」
調査やデータに関する国際協力関係の強化は、各国が自国の解決策を策定するうえで役に立つ。低所得国などは単独で行動する能力がないことも多いからである。「海洋酸性化に関する知識格差は公平性の問題でもある。」とジェシー・ターナーOAアライアンス事務局長は話す。ニュージーランドが作成した『海洋酸性化政策担当者ハンドブック』は、各国が必要に応じて実施・適応できるひな形や行動を提供している。「ニュージーランドからも、イギリスからも、そしてフィジーからも学べる。これこそが英連邦の魅力だ。」とカレン=メイ・ヒル駐英アンティグア・バーブーダ高等弁務官が語った。「学ぶことで小島嶼国は力をつけることができる。」
しかしながら、登壇者らが強調したように、地域ベースの取り組みが沿岸地域や小島嶼国における海洋酸性化の具体的な影響に対処するためには必要である。国際協力、共同研究、資金援助などが支援できる場合もあるが、解決策の多くは実体験している地元住民が実施している。「私たちは無力な被害者ではない。」とヒル弁務官は語る。「皆さんにわかっていただきたいのは、第一に私たちも行動をしているということ、第二にそれがうまくいくよう皆さんの力をお借りしたいということだ。」
地域ベースの行動の一例として、科学者、地元NGO、政府が協働してサンゴの移植に取り組むアンティグア・バーブーダのElkhorn Marine Conservancyの活動がある。これは多くの地域社会が自然由来の解決策に転換しつつあることを示しており、こうした解決策が生態系破壊を回復させる有望な方法であると登壇者らは強調した。「牡蠣、ムール貝、あさり、サンゴ礁のような石灰化生物の近くにケルプ、海藻、マングローブ、塩性湿地があると、周辺のpH値が改善されることを示す研究結果はたくさん存在している。」とターナー氏。生物多様性の保全と再生がレジリエンス強化には必須である。
海洋酸性化に対する協力関係強化、認知度向上、資金援助が必要であり、幅広い分野の専門家や海洋酸性化の影響を受ける地域社会を巻き込ながら国境を越えて取り組んでいく必要があると、登壇者らの意見は概ね一致していた。「地球規模、地域規模、そして地元規模で活動する必要がある。この3つに同時に取り組んでこそ、活動の影響力を最大限に発揮できる。」とゴフ氏は語った。
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