化学汚染は世界的脅威です。ヨーロッパでは、汚染が「問題」レベルとされており、バルト海で96%、黒海で91%、地中海で87%、北東大西洋で75%の海洋生態系が被害を受けているという証拠を示しています。化学汚染地域は地球上に数千カ所も記録されており、鉛、水銀、ヒ素などは地下水、河川、海洋に流出していると考えられます。また、プラスチック汚染はアジアの河川や海で最悪の状態となっています。
生産・使用が認められている化学物質の登録数
日常生活に欠かせない化学物質は、食品包装から自動車、消費者向け技術から医薬品に至るまですべてに組み込まれています。生活の質を高め、経済的生産性を向上させ、安全を守ってくれます。しかし、適切なガバナンス、責任ある設計と生産、安全な廃棄やリサイクルに取り組まなければ、下水道の未処理放流、排出物、廃棄物、事故などにより環境への有害物質となりうるのです。化学汚染は、ホッキョクグマからプランクトン、海草からタツノオトシゴに至るまで海洋生物に影響を与え、ひいては海洋生態系全体の安定性を揺るがします。
生産・使用が認められている化学物質の登録数
Source: The Second World Ocean Assessment, United Nations (2021); Ocean Pollutants Guide: Toxic Threats to Human Health and Marine Life, IPEN and the National Toxics Network (October 2018)
化学汚染の発生源は、鉱業、ファッション、農業、製造業などの経済分野です。鉛などの重金属、農薬などの製造化学物質、放射性廃棄物などは、人間の生活や生態系に有害です。陸地で活用された化学物質は河川や海洋に流れ込みます。プラスチック廃棄物も経時変化で分解され、マイクロプラスチックとなって化学廃棄物となります。
概算値で年間数百万トンを放出
*残土や尾鉱を含む
*例えばフロン、四塩化炭素など
化学汚染は世界的脅威です。ヨーロッパでは、汚染が「問題」レベルとされており、バルト海で96%、黒海で91%、地中海で87%、北東大西洋で75%の海洋生態系が被害を受けているという証拠を示しています。化学汚染地域は地球上に数千カ所も記録されており、鉛、水銀、ヒ素などは地下水、河川、海洋に流出していると考えられます。また、プラスチック汚染はアジアの河川や海で最悪の状態となっています。
有害化学物質による汚染地域の数
ヒ素
水銀
鉛
Source: The Toxic Sites Identification Program (TSIP)
デッドゾーン、いわゆる低酸素海域が世界で拡大しています。その原因となっているのは人間の活動であり、特に陸地からの排出や未処理下水の放出による富栄養化が藻類の過剰繁殖を招いています。
米国メキシコ湾における海洋化学汚染の分析によると、デッドゾーンの悪化で米国が失う漁業収入は年間約8億3800万米ドルとされています。その一方で、デッドゾーンを減らす対策を講じれば海洋生物の多様性が高まり、1億1,700万米ドル以上の収入増が見込まれるとされています。
酸素不足で生命維持が不可能な海域
沿岸海域
外洋*
Back to Blue の一環で行ったエコノミスト・インパクトによる分析
水深300mで酸素量61μmol/kg以下
Sources: Diaz and Rosenberg, 2008; Jacinto, GS, 2017; World Ocean Atlas 2018
有害化学物質は、食品、水、皮膚接触、呼吸などの暴露経路により人体に取り込まれます。低所得者や社会経済的に困窮する人、特に発展途上国が危険にさらされています。科学の発展途上において議論はありますが、人体に取り込まれた化学物質がホルモン、神経、生殖機能を破壊している、あるいは特定の癌や心血管や神経系に影響する非伝染性疾患に関連しているとの指摘があります。
Source: Columbia University Mailman School of Public Health, Ludwig Maximilian University, and Hasselt University
現代の生活に不可欠な化学物質の生産量は、ニーズの拡大に対応して人口の伸び率を上回る速さで増加しています。化学産業界が既にもたらしている高い汚染レベルを鑑みると、通常のシナリオ通りの環境負荷の悪化が予想されます。
国連環境計画(UNEP)の成長モデルが示す人口と化学物質生産量の相関関係
世界の化学物質生産量
世界人口
Source: Global Chemicals Outlook II, UNEP (2019) (P63)
化学産業界の構造変化が、安全でクリーンな生産方式への移行を阻害している可能性があります。上場企業が最近、株主還元を抑制していることが一つの問題なのですが、それは投資利益率の低下や中国市場での生産率上昇に伴い生産量を減少させた結果です。このため、リスクと初期費用を伴う環境に優しい生産方式への投資意欲やリソースが制限されている恐れがあります。
複合年間成長率 %
化学セクター
8.0%
6.9%
7.7%
-1.6%
MSCI指数
10.1%
9.4%
13.2%
8.6%
10 年間
2010年1月~2019年12月
5 年
2015年1月~2019年12月
3 年
2017年1月~2019年12月
2 年
2018年1月~2019年12月
Source: Capital IQ
2つ目の問題は、環境の影響を管理する規制枠組みが脆弱な新興国での生産比率が高まっていることです。また、化学製品の生産が民間企業ではなく国有企業に移行する傾向も強まっています。環境・社会・ガバナンス(ESG)報告の改善は、すべての企業にとって環境パフォーマンスの評価を上げるための手段となっていますが、国営企業は環境パフォーマンスを報告する義務がないため、汚染レベルに関する透明性の欠如や、民間と公共の化学企業の間の不平等な競争環境につながっています。
化学業界のアジア・シフト
中国
日本
その他のアジア地域
その他の地域
世界の化学販売、予測
2019
2030
Source: Growth and Competitiveness, CEFIC (2020)
グリーンケミストリーとは、化学製品の設計・製造・応用における有害物質の使用や生成を削減または排除することを基本的な理念としており、有害性が低く汚染の少ない高性能な製品を設計する機会を提供しています。
大手化学メーカーとスタートアップ企業の連携は、グリーンケミカルにおけるイノベーションに向けた大きな潮流となっています。
グリーンケミストリー市場向け製品
従来型の市場向け製品
市場占有率(2019年)
市場成長率(2015-2019)
Source: Green Chemistry & Commerce Council
化学産業はこれまで、陸上・海洋・大気汚染に大きな影響を与えてきましたが、グリーンモビリティ、先端材料、ソーラー技術、次世代リサイクル、水素などのクリーンエネルギー分野など未来の産業の中心的役割も担っています。
化学汚染の危機に対処するにはシステムレベルの変革が必要です。新たな生産方法の奨励や消費者に持続可能な選択をさせる「押し」の対策と、すべての産業が依存する化学分野により大きな企業責任を負わせる「引き」の対策の組み合わせが必要となってきます。また、化学分野は世界の生活の質の向上に大きく貢献してきましたが、その進歩が地球を犠牲にするものであってはなりません。化学汚染の規模や陸地・海洋への影響を定量的に把握し、クリーンでより良い世界を実現する戦いで化学を味方につけるために必要なアイディア、ビジネスモデル、産業の構造変化を促していくには、更なる調査と投資が急務となっています。
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ザ・エコノミスト・グループと日本財団のイニシアティブ、Back to Blueは海洋課題への取り組みにあたって、科学・エビデンスを活用することの重要性を分かち合い、サステナビリティの推進と海洋環境の保全にむけたソリューションを模索したいと考えています。イニシアティブが取り組む最初の重点課題は「汚染」です。