この記事は2024年6月27日にパリで開催された第57回ユネスコ政府間海洋学委員会理事会における発言をもとに編集されたものです。
国連総会が採択・宣言した「持続可能な開発のための海洋科学の10年」が、まもなく折り返し地点を迎える。今年は健全かつ回復力のある海を実現するための国際社会のこれまでの取り組みを振り返る良い機会だといえる。
大きな進展もあった。各国は今、海洋プラスチック汚染をはじめとしたプラスチック汚染対策に関する条約を年内に採択しようと交渉を進めている。また、2023年には国連の「国家管轄権外区域における海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する協定」が採択され、海の保全に向けた象徴的な一歩となった。
国際社会が高い目標を掲げたからこそ、こうした進展が可能になったといえる。そして日本財団とエコノミスト・インパクトの協働事業である「Back to Blue」でも、海洋の保全で新たなブレークスルーを生み出すためには、「ムーンショット」と言われる高い目標を掲げることが不可欠だと考えてきた。
だからこそ私たちは、「海洋汚染の克服に向けた世界規模の行動を推進するためのロードマップ」を提言した。世界各国の科学者をはじめ、海洋に携わる様々な分野のステークホルダーと重ねてきた2年に渡る協議の集大成である。
海洋プラスチック汚染の問題は、国際社会に広く認識されているといえる。しかしそれよりも顕在化していない脅威が、私たちの目の前でうごめいている。工業や農業からの排水、それに都市の下水、さらには医薬品や重金属などの海への流出だ。
この流出による汚染が海の健全性と回復力にどのような影響を与えているのかを詳しく調べようとしても、観測体制が整っていなかったり、観測されていてもそのデータへのアクセスが制限されていたりしていて、大きな情報格差を生んでいるのが現状だ。これをさらに複雑にするのが、気候変動である。海水温の上昇とともに海の酸性化が進むなか、流出による汚染が海の健康に与える影響そのものを変化させている可能性もあるのだ。
私たちはこの「Back to Blue」のロードマップで、こうした陸上からの流出による海洋汚染の対策に国際社会が協働して取り組む必要があると提言している。対策に不可欠な信頼性のある観測データに海洋政策の立案者たちが確実にアクセスできるよう、数十年先までを見据えた野心的な計画となっている。
この計画を実行に移すためには、国連の機関が事務局を務める、ハイレベルのタスクフォースが必要になる。このタスクフォースは、各国政府、科学界、産業界、それにNGOの代表で構成され、「海洋科学」、「観測データの収集」、「政策」、「ビジネスとファイナンス」の4分野について、専門家でつくるパネルの助言を得ながら、世界の海洋汚染の現状を5年ごとに明らかにする。そのうえで、汚染のさらなる正確な把握のために必要なデータを、今後、どのように集めていくのか、その道筋を示す。そして国連の関係機関や大学などの研究機関、それに企業やNGOなどから、ともに中心となって取り組むパートナーを見出して、対策を実行に移すための議論を進める。
私たちのロードマップが目指すのは、まったく新しい一からつくることではない。すでに存在する、ともすれば小規模にとどまってしまっている数々の取り組みを強化して、さらに統合することだ。であるからこそ、海の健全のための国際社会のこれまでの取り組みを見直す機会にもなると考えている。それはまた、私たちの次の世代に、よりきれいで健全な海洋環境を託すための道を見出すことにもつながる。
もし私たちのロードマップが実行に移されることになれば、世界各国の科学者と政策立案者たちは、海洋汚染に対する認識とそれへの対応を、大きく変えることになるだろう。
しかし、この大きな変化をもたらしうる計画を実現するためには、国際社会の協力とともに、それを強力にけん引するリーダーシップが不可欠である。
よってロードマップでは、ユネスコの政府間海洋学委員会(IOC)が中心となって国連環境計画(UNEP)と協働し、ともにハイレベルのタスクフォースの事務局を務めてもらうことで、ロードマップの実行と計画の実現に必要なリーダーシップを発揮していただきたいと提言した。
日本財団は、IOC とUNEPを支援する。そしてこのロードマップをさらに具体的な行動計画に落とし込んでいただきたいと考えている。だからこそ、IOC理事会の加盟国の皆様には、これからIOCとUNEPのもとで生まれることになる画期的な行動計画を、IOCとしても採用していただけるよう、ぜひ、お力添えをいただきたい。
私たちは、ロードマップが2025年に実行に移されることを想定している。来年は奇しくも「国連海洋科学の10年」の5年目で、折り返し地点を迎える。まずは国連が掲げた目標に寄り添いながら、2030年までに、今、世界に存在する海洋汚染に関するすべての観測データと、すでに取り組まれている対策を網羅的に把握して集約し、分析することが第一歩だと考えている。野心的な目標で、各界のステークホルダーが意欲をもって協力的、かつ効率的に取り組むことが求められる。
しかし、もう時間がない。
来年3月、日本財団とエコノミスト・インパクトは、「ワールド・オーシャン・サミット」を東京で共催する。その数か月後にはフランスのニースで海洋政策を担う世界各国の関係者が一堂に会する「国連海洋会議」が3年ぶりに開かれる。
これらの会議で、私たちのロードマップとそれを実行に移すための行動計画をすべてのステークホルダーに支持してもらうことができれば、地上からの汚染物質の流出という顕在化しにくい海洋汚染を国際社会が取り組むべき喫緊な課題の一つに押し上げる、またとない機会だと考えている。
日本財団は常に、アクション=行動を起こすことを心掛けてきた。科学による最新の知見を具体的な対策につなげようというロードマップの目標は、私たちのこの考え方を象徴している。人類が海をよりよく知り、よりよく守って、そして次の世代に託すため、私たちはあらゆる努力を惜しまないつもりである。
海洋汚染は、気候変動や生物多様性の損失に匹敵する、人類が生み出した重大な脅威だ。プラスチック汚染への国際的な関心が高まっていることは歓迎すべきことだが、それでも海洋汚染はまだ十分に顕在化していない脅威だといえる。
そしてBack to Blue も「カタリスト=触媒」として引き続き、ロードマップの実現に向けて支援を惜しむことはない。しかしこれを実際に実行に移せるかどうかは、世界の海洋関係者にかかっている。
国際社会が互いの野心的なアイディアを共有して、ともに不退転の決意で行動することができれば、私たちの海を有害な汚染から解放するという未来を切り拓くことができると確信している。
日本財団 常務理事。国内の福祉や広報事業を経験したのち、海洋事業に従事。以降 20年以上にわたり国内外の海洋関連のプロジェクトに携わる。2011 年からは常務理事として海洋事業を統括。「次世代に海を引き継ぐ」をテーマに、国際機関や世界中の研究機関などと連携・協力をしながら多様な事業を展開している。
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