『未処理廃水による汚染被害:対策の遅れがもたらす経済・環境・人的コスト』は、EconomistImpact と日本財団による海洋環境保全イニシアティブ『Back to Blue』の一環として、Economist Impact がまとめた報告書だ。環境イニシアティブOcean Sewage Alliance の支援を受け、将来的な議論展開を視野に入れた試論として作成された。その主な目的は、生活排水の適正な処理に向けた取り組み強化の必要性を世界各国に訴えることだ。
本報告書で展開される議論は、調査対象国に(生活排水に由来する)水質汚染がもたらす経済的損失の予測モデル分析に基づいている。実験的な試みである今回の調査は、五つの対象国(ブラジル・インド・ケニア・フィリピン・英国)と一部の汚染物質・影響のみを対象としているが、将来的にはさらに包括的な検証を行う予定だ。モデル分析の方法論については、本報告書末に掲載した付録セクションを参照していただきたい。
本報告書の作成にあたっては、Bilge Arslan・Ritu Bhandari・Shivangi Jain・Shreyansh Jain がモデル開発・構築、Denis McCauley が執筆、近藤奈香が編集を、そしてEconomist Impact のイニシアティブ統括をCharles Goddard が担当した。
本報告書の作成にあたっては、水資源・廃水汚染など各分野の著名な専門家に様々な段階で諮問を行った( 敬称略・所属組織 のアルファベット順に記載):
また下記4名の専門家には詳細にわたる取材を行った(敬称略・所属組織 のアルファベット順に記載)。ご協力をいただいた皆様には、この場を借りて御礼を申し上げたい:
未処理あるいは処理が不十分な生活排水(以下、未処理廃水)は、人体の健康や環境に極めて深刻な害を及ぼす存在だ。廃水汚染による経済価値の低下は、漁業・農業セクターにおける成長の減速、雇用機会の損失につながるだけでなく、周辺観光地(例:海水浴場・河川)のイメージ低下など間接的な影響をもたらす恐れがある。国が対策を怠れば、子供の健康被害が将来的な労働生産性の低下につながるなど、世代を超えて様々な影響が及ぶだろう。
当パイロットスタディでは、未処理廃水の対策を怠った場合に生じる経済的損失を試算した。分析の結果明らかとなったのは、廃水汚染が周辺地域に及ぼす破壊的影響だ。廃水が海・河川に流出すれば脆弱な環境を悪化させ、魚やその他海洋生物の減少につながる可能性は高い。また、汚染水に含まれるバクテリアやその他病原菌による飲用水汚染によって(特に新興国で)感染症が蔓延し、毎年数百万人が犠牲となる恐れがある。こうした健康・環境面の影響が世界の国々にもたらす経済的損失も計り知れない。
未処理廃水による水質悪化の問題は、長い歴史を通じて先進国・新興国を悩ませてきた。しかし、この問題がもたらす影響の全体像は、ほとんど理解されていない。また気付かれず密かに進行するのも廃水汚染の特徴で、環境・健康面に及ぼす被害の追跡・検証は決して容易でない。こうした現状に鑑み、本報告書では汚染がもたらす主な経済的損失の分析・数値化を試みている。そのベースとなるのは、健康被害、環境破壊、農業・漁業への影響などの側面に焦点を当て、国レベルの経済的損失を算出するモデル分析だ。今回の調査では、汚染状況・環境が異なる五つの国(ブラジル・インド・ケニア・フィリピン・英国)を対象国として選択した。この調査は、細心の注意を払って精査したデータセット・パラメータに基づく実験的な試みであることに留意いただきたい(方法論の詳細については、P.23 〜の『付録:方法論』セクションを参照)。生活排水による水質汚染がもたらす影響の数値化というアプローチの有効性を実証し、将来的には対象国を拡大して分析をさらに進める予定だ。
今回の分析では、未処理廃水が様々な経路を通じてもたらす経済的損失が(特に低・中所得国に属する4カ国では)深刻な水準にあることが明らかとなった。また先進国である英国も含め、対象5カ国はそれぞれ下水管理にまつわる特有の問題に直面している。
漁業セクターにおける環境面への影響:
汚染水を原因とする魚の大量死は漁業にどれほどの経済的損失をもたらしているのか
農業セクターにおける収穫量への影響:
土壌汚染( 未処理廃水の灌漑利用を原因とする)に伴う収穫量の減少により損なわれた経済価値
水資源利用に伴う健康被害:
未処理廃水の飲用により失われた経済価値(医療費・労働生産性の低下など)
対象5カ国の漁業セクターは、魚の減少により0.09%*(英国:50万ドル[約7700万円])から5.4%(インド:22億ドル[約3300億円])の損失を被っている
対象国の農業セクターは、未処理廃水の利用により0.0005%(英国:46万ドル[約7000万円])から3.9%(ブラジル:157億ドル[約2.4兆円])
の損失を被っている。収穫量換算の損失は、5トンから1760万トン(総収穫量の最大8%程度)に上る
対象国では、国民の健康被害により年間6.3%(ブラジル:1400万ドル[約21億円])から6.9%(インド:約2億4670万ドル[約377億円])の損失。ただし、下水処理率の高い英国では、損失が発生していない。未処理廃水に含まれる有害物質は、汚染された水域を経由して飲用水に混入する可能性がある。
また同国を除く全ての対象国では、将来的な賃金損失や現在の学校病欠などから長期的損失を被っている
P. 4の表が示すとおり、廃水汚染が三つの汚染経路で対象国に及ぼす影響は、ほぼ全てのケースでEconomist Impact の予測を上回った。その理由は、入手可能なデータが限られており、未処理廃水に含まれる可能性のある汚染物質や、それらがもたらす影響の全容を解析できなかったことだ。
また廃水汚染がもたらす影響は、社会的格差によって悪化する恐れがある。上下水道施設のない地域に住むことも多い低所得層は、特に深刻な被害を被るのが実状だ。また、家事・出産などで汚染水を使う機会の多い女性(特にアフリカをはじめとする地域)も影響を受けやすい。
こうした課題の克服に向けて最も効果的なのは、水・衛生インフラの改善、特に上下水道の拡充だ。今回調査対象となった国の多くは、政策の策定や関連機関の設置を進め、インフラの整備・改善に取り組んでいる。またケニアの分散型水処理施設やインドの水道料金改革など、水・衛生セクターのステークホルダーも革新的な対策を打ち出している。
廃水汚染の影響が、今回の対象国以外にも様々な形で及んでいることは言うまでもない。Economist Impact はモデル・分析の改善を図り、水資源管理に携わるステークホルダー(政策担当者・規制当局・行政関係者・公益企業の経営者・投資家など)の意思決定に有用な情報を継続的に提供する予定だ。
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