海は地表面の70%以上を占めている。それにもかかわらずサステナビリティ向上と環境保護に向けた世界規模の取り組みの中で、最も軽視されている。例えば、2022年に開催された国連海洋会議は「海洋環境が直面する様々な脅威にもかかわらず、SDG 14『持続可能な社会のために、海と海の資源を守る』の達成に向けた取り組みへの投資額は目標の中で最も低い」と指摘している1。この危機意識の低さは、海と人の関係を根本的に見直す必要性を示唆するものだ。特に若者世代の価値観・態度・行動は、海洋環境保全に向けた取り組みの今後を大きく左右するだろう。

Economist Impactが日本財団との連携を通じて進める海洋環境保全イニシアティブ『Back to Blue』の一環として作成した本エグゼクティブ・サマリーでは、詳細にわたる文献レビュー、専門家への取材、そして世界35カ国の若者世代(18〜24才)3500名を対象としたアンケート調査に基づく分析を行った。若者と海の関係性や、海洋環境の現状に対する若者世代の認識(例えば、海洋スチュワードシップに関する価値観・責任意識)などを明らかにする。

海洋リテラシーの定義

海洋リテラシーの定義は、海がもたらす私たちへの影響、そして逆に私たちが海にもたらす影響の理解度だ

海洋リテラシーという言葉は20年ほど前に誕生し、かつては海の知識が増えれば人々の態度・行動が変わると信じられていた。

しかし近年、海洋問題専門家・海洋科学者は、情緒的つながりなども定義の一部として含めるよう提唱している。カーディフ大学 上級研究員のEmma KcKinley氏がその理由として挙げるのは、「人の行動変容には、知識・事実だけにとどまらない複雑な要因が影響を及ぼす」ことだ。新たな定義には、海へのアクセス、海の経験、持続可能な海洋資源の活用に向けた人類の適応力、海洋環境の管理・保全に関する意思決定の信頼性・透明性などの要因が追加されている。

「今課題となっているのは、我々がいかに海洋環境を管理すべきかではない―むしろ我々自身の存在・意識をいかに変えられるかという点だ」

- The Ocean Conservation Trust 海洋アドボカシー・エンゲージメント統括責任者 Nicola Bridge

ギャップ1:認識不足が招く無関心

若者世代の75%は海洋環境の現状に危機感を抱いている。新興国の若者はその傾向が特に強い

海洋環境の現状に危機感を抱いている(“はい”と答えた調査対象者の割合[%])

海の現状に危機感を抱く若者世代は、先進国よりも新興国で多く見られた。この結果の背景として考えられる要因の一つは、新興国が気候変動の影響(海面上昇・海洋酸性化・異常気象の頻発など)をより受けやすいことだ。

また新興国では、海が雇用・生活面で大きな価値をもたらすとした回答者が40%を上回った。

しかし回答者の61%は、森林破壊・大気汚染・水不足の方が海洋環境保護よりも優先度が高いと考えている
「様々なステークホルダーによる連携の重要性は、必ずしも理解されていない。我々は縦割り社会に暮らし、所属する分野・セクターの視点から物事を考えがちで、その枠組みを超えたつながりを構築することは容易でない。」

- ユネスコ政府間海洋学委員会[IOC] シニア・プログラム・マネジャー Francesca Santoro

ギャップ2:知識と態度のギャップ

若者の多くは、地球システムにおける海の重要性について一定の知識を持っている
61%
回答者の61%は、海がきれいな空気・水の供給に重要な役割を担っていると考えている
53%
回答者の53%は、海が天候・気候変動の抑制役として重要と考えている
50%
回答者の50%は、海が人の健康・ウェルビーイングに重要な影響を及ぼすと考えている
若者世代の半数以上は、海にポジティブな感情を持っている

海はあなたにどのような感情をもたらしますか?

ポジティブな感情 91%
ネガティブな感情 9%
若者世代は海の現状に関する知識を持ち、活動への参加に高い関心を示す一方、それらの知識は彼らの実際の行動や態度に必ずしも結びついていない
海への関心度にジェンダー差は見られないが、実行面では男性がより高い割合を示している:
海の近くで時間を過ごす
海に関するアート・カルチャーイベントに参加する
学習コース・体験に参加する

主な背景には、機会・リソース・資金・市場情報・テクノロジー・学習・モビリティ・交渉力といった構造的な格差が考えられる。こうした要因から、女性は海に関するリーダシップの発揮や、意思決定・海にまつわる活動への参加機会が限られているようだ。

意識と行動にギャップが生まれる理由は幾つか考えられる
39%
時間がない
35%
交通手段がない
39%
機会がない

ギャップ3:海に関する学習機会

調査対象となった若者世代の約半数は、活字メディア、SNS、動画などを海洋問題の情報源としている。学校のカリキュラムを情報源として挙げる回答者は3割程度にとどまった。

海洋問題の情報源

この結果は、学校のカリキュラムの存在感の低さを示している。ある調査によると、海洋科学に関するテーマがカリキュラムに盛り込まれることは稀であり、海洋問題に対する学生の理解度は低いのが現状だ。

デジタル化の加速と手頃な値段のスマートフォン普及を背景に、情報源としてのメディア・プラットフォームの重要性は高まっている。新興国の多いアジア・アフリカでは特にこの傾向が顕著だ。

「教師が海のことを知らなければ、海のことは教えられない。より広い意味で教師の海洋リテラシーが充分でなければ、その影響は小さくはない。教育機関が海洋リテラシーを担うにあたって、教師の知識やリテラシーは最大の要となる」

- ヨーテボリ大学 教育・コミュニケーション・学習学部 准教授 Geraldine Fauville

ギャップ4:人と海のつながり

地球環境システムにおいて海が果たす役割の理解不足は深刻だ
海が自らの生活に、そして自らの生活が海に及ぼす影響を理解していないと考える回答者は50%

若者世代は、海洋環境の保全に最も大きな責任を持つ存在として、政府機関(46%)を挙げている。続けて回答者が多いのは、環境保護団体(36%)、個人(28%)などだ。一方、企業(17%)・小規模企業(9%)などのビジネスを挙げた回答者は少数にとどまっている。SNSインフルエンサー・セレブリティを挙げる回答者は、それぞれ18%に上った。

あなたの国・地域で、海洋環境の保全に最も大きな責任を持つのはどのステークホルダーですか?
(回答者の割合[%])

調査対象となった若者世代の81%は、海洋汚染の克服に向けて連携が不可欠だと考えている
「海洋リテラシーは、地球環境における人類の安全保障に欠かせない。自然と調和した暮らし実現の第一歩となるからだ。次世代へ健康な海洋環境を残すため、世界規模の海洋リテラシー向上が急務となっている。」

- 国連事務総長海洋特使 Peter Thomson

今回の調査に際しては、下記専門家の皆様(敬称略・姓のアルファベット順に記載)に知見・アドバイスを共有いただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。

  • The Ocean Conservation Trust 海洋アドボカシー・エンゲージメント統括責任者 Nicola Bridge
  • ヨーテボリ大学 教育・コミュニケション・学習学部 准教授 Géraldine Fauville
  • ユネスコ政府間海洋学委員会[IOC] 海洋科学者 アソシエート・プログラム・スペシャリスト Valentina Lovat
  • 30 x 30 Indonesia 創設者 Brigitta Maria Andrea Gunawan
  • カーディフ大学 上級研究員 Emma KcKinley
  • Latin American Marine Educators Network (RELATO) 共同創設者、海洋リテラシー・コミュニティ関与・リーダーシップ専門家  Yolanda Sanchez
  • ユネスコ政府間海洋学委員会[IOC] シニア・プログラム・オフィサー Francesca Santoro
  • 国連事務総長海洋特使 Peter Thomson

今回の調査に携わったEconomist Impactの下記チームメンバーにもこの場を借りて感謝の意を表します:近藤奈香・Ritu Bhandari・Divya Sharma・Cheryl Fuerte・Bianca Galila・Miguel Fernandez・Paul Tucker

1 “UN Ocean Conference: SDG 14 Still Most Underfunded." Impact Investor 2022年6月 参照: https://impact-investor.com/un-ocean-conference-sdg-14-still-most-underfunded/