メンバー投資機関の運用資産残高
評価対象となった企業
投資家メンバーの数
プラスチック汚染が注目されがちである一方で、海洋汚染は目に見えるごみだけではなく、富栄養化物質・合成化学物質・重金属・医薬品など深刻な環境リスクをもたらす物質を含む、複雑な問題である。こうした物質の多くは、海洋で直接発生するものではない。農業排水・不適正な排水処理インフラ・産業廃水や都市下水といった陸上由来の汚染源から、海へ流出している。
海洋汚染は、見えにくい汚染物質が複雑に絡み合っているため、現代の環境課題の中でも特に見過ごされがちな脅威だといえる。解決には、政府や国際機関に加え、民間企業の積極的な取り組みが重要である。
民間セクターは、海洋汚染の「原因」であると同時に、「解決の鍵」でもある。企業は、その事業活動やサプライチェーンを通じて海洋汚染に大きく関与している一方で、自然資本の保全が長期的な財務健全性に及ぼす影響を認識する企業も増えている。一部の投資家や企業は、海洋汚染への影響を減らすために実質的な取り組みを始めているが、そうした企業はまだごく少数にとどまっている。
規制によって企業に対し、海洋汚染への影響に関するより透明性の高い情報開示を求めることは可能だ。しかし国際基準は統一されておらず、自然環境に関する情報開示も多くの場合が任意である。投資家・消費者(個人消費者やサプライチェーン川下の顧客)が、海洋汚染対策の推進に向けて重要な役割を担うのはそのためだ。規制対応が遅れる分野で、金融セクターの影響力が変革推進につながる可能性は高い。
プライベート・エクイティ投資家のジェレミー・コラー氏によって設立されたFAIRRは、食料・農業セクターが環境への影響に関して十分な透明性を欠いているという問題意識から生まれたイニシアティブだ。
このセクターは、気候変動や水資源、生物多様性に大きな影響を及ぼすにもかかわらず、投資家はこうしたリスクを評価するための十分なデータを持ち合わせていなかった。
現在FAIRRには、総額80兆ドル以上の資産を有する400以上の投資家メンバーが加盟している。そのミッションは、資本市場のポテンシャルを活用し、より持続可能で公正な食料システムを実現することだ。
FAIRRは、タンパク質サプライチェーンにおける最大手企業の詳細な評価を実施し、環境リスクを投資判断材料とするための調査・分析ツール・データセットをメンバーに提供。また、抗菌薬耐性・森林破壊・廃棄物・汚染といった問題の重要性も訴え、投資ポートフォリオへ生態系・財務両面でもたらすリスクに警鐘を鳴らしている。
Economist Impact と日本財団による海洋環境保全イニシアティブ『Back to Blue』は、科学・ビジネス・政策・金融、そして国連関連機関などの専門家コミュニティと意見交換を行い、海洋汚染克服のための対策策定・推進に向けて連携を進めてきた。その成果の一つとして発表された報告書『世界規模の海洋汚染克服に向けて:行動推進のロードマップ』は、包括的な連携の枠組みを明らかにしている。
こうした『Back to Blue』の取り組みを受け、ユネスコ政府間海洋学委員会[IOC UNESCO]・国連環境計画[UNEP]は、『国連海洋科学の10 年』の一環として数十年にわたるパートナーシップを提案。明確なエビデンス・ベースの構築、データ不足の解消、官民両セクターにおける抜本的な対策推進を2050年までに実現するというのが両機関のビジョンだ。
このビジョンを形にするためには、民間セクターの効果的な関与が欠かせない。食料・農業セクターにおける環境リスクの克服を目的とし、グローバル投資家の行動を後押しするFAIRRは、その実現に向けた一つのあり方を提示している。
Coller FAIRR Protein Producer Index[タンパク質生産者指数=PPI]は、FAIRRが提供する主力ツールの一つだ。同指数の対象となるのは、世界最大手の食肉・乳製品・養殖企業60社。売上総額5000億米ドルを超える企業を、国連の持続可能な開発目標に基づく10のテーマに沿って評価している。
投資家・企業・専門家による協力の下で開発されたPPIは、金融機関がポートフォリオ企業やそのサプライチェーンのリスク・機会を見極める上で重要な役割を果たしている。特筆すべきは、FAIRRが評価対象企業へ個別にアプローチし、パフォーマンスと改善策について対話を行う点だ。最新の評価プロセスでは、60社中38社がFAIRRと直接コミュニケーションを行っている。
特に注目すべきは、PPI(プロテイン・プロデューサー・インデックス)の調査において、「水質汚染」が常に最も低い評価となっている点である。抗生物質の使用、森林破壊、温室効果ガス排出よりも悪い結果であり、3分の2の企業が水に関するリスクを適切に管理できていないことが明らかになっている。FAIRRのネイチャー・プログラム責任者であるマックス・ブシェ氏(CFA)は、「この結果は、水質汚染に対する企業のより踏み込んだ対応が急務であることを示している」と述べている。
資料: Coller Fairr Protein Producer Index
資料: Coller Fairr Protein Producer Index
FAIRR Rは、食料・農業分野の世界的な上場企業120社(PPI構成銘柄60社を含む)を評価している。これら企業の合計売上高は4兆米ドルを超え、業界全体の約40%を占める。世界最大級の小売業者を含む、あるいはそれらに供給している企業が多数を占めるため、FAIRRの影響力を高める源泉となっている。比較的少数の企業に変革を促すことで、FAIRRは業界全体に大きな影響を与えることを目指しているのだ。ブーシェ氏が述べるように、「これらの企業は、現場で働く何百万人もの人々に関わっている」のだ。
FAIRRモデルのメリットと学ぶべきポイント
“投資家は、陸上の汚染源が海洋に与える影響について十分に理解していない。産業界・金融業界の関係者がこの問題をより深く理解すれば、当事者意識を高めることができるだろう。”
— FAIRR 自然プログラム統括責任者 マックス・ブーシェ[CFA]
Source: FAIRR
汚染が「深刻な問題であることは間違いなく、投資家もそのことを理解している」とブーシェ氏は指摘する。「エンゲージメントが進まない理由は、この分野が非常に専門的だからだ。バリューチェーン全体にもたらす影響を把握するのは極めて難しい。水・土壌・大気がいかに複雑に影響しあい、窒素循環のような仕組みがどう機能するかといった問題について、一般的な会計担当者が専門家のサポートなしに取り組むのは現実的でない。だからこそ、(投資家に特化した教育・支援を行うFAIRRのようなイニシアティブ)が極めて重要となる。」
FAIRRの取り組みは、金融が海洋汚染対策において傍観者である必要はなく、むしろ変革を促す最も強力な手段の一つになり得ることを示している。複雑な科学的知見を投資家にとって意味のあるリスクや機会に翻訳し、普段は交わることのない関係者を結びつけ、データを企業の説明責任に直結させることで、FAIRRは資本が環境対策を加速させる力を持つことを証明している。
投資家が汚染のない海を求めれば、企業は必ずそれに応えるはずだ。今求められているのは、このモデルを他分野で応用・展開し、海洋環境の健全性を(生態系だけでなく)財務の最重要課題にすることだ。汚染によって利益が危険にさらされる時、投資は環境保護の有効なツールとなるだろう。
FAIRRの経験から得られる教訓は、『国連海洋科学の10年』が掲げる民間セクターの関与促進というアプローチに重要な示唆を与えている。
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